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父の不在と狂気の物語――『天気の子』試論

父の不在と狂気の物語――『天気の子』試論

文:渡邉大輔

文學界10月号

出典 : #文學界

「文學界 10月号」(文藝春秋 編)

 悩みに悩んで最後に思い至ったのは、狂っていくのは須賀ではなく、帆高なんじゃないかということ。[…]

 帆高は家出をして東京に出てきますが、その家出の理由を劇中では明確に語っていません。《トラウマでキャラクターが駆動される物語にするのはやめよう》と思ったんです。(※2

 

 このように、『天気の子』もまた、主体の成熟=社会的領域への参入(「大人になること」)のために乗り越えられるべきはずの「父」との対決を回避し、なおかつ「トラウマ」のない平板なキャラクターばかりが登場する物語なのだ。そう要約すれば、本作もまた、これまでの新海作品と同様の世界観をそなえたアニメーションである。

 ここで、あらためて物語を簡単に紹介しておこう。新海誠監督の新作アニメーション映画『天気の子』は、異常気象による大量の降雨に包まれたオリンピック・パラリンピック後の東京を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガールの物語である。伊豆諸島の離島から家出してきた高校生の少年・森嶋帆高(ほだか)(声は醍醐虎汰朗)は、ひしめく雑居ビルの中のマンガ喫茶で寝泊まりしながらアルバイトを探す日々のなか、風俗店のキャッチにからまれる少女・天野陽菜(ひな)(声は森七菜(なな))と出会う。小学生の弟・凪(なぎ)(声は吉柳咲良)とふたりで暮らす陽菜は、じつは、母親を病院で亡くしたのち、天気を局地的・短期的に操ることのできる不思議な能力を宿していた。帆高は、東京行きのフェリーのなかで出会った売れないライター・須賀圭介(声は小栗旬)の経営する零細編集プロダクションで働きながら、この「一〇〇パーセントの晴れ女」である彼女の特殊能力を利用して、さまざまな理由から晴れ間を望むひとびとのための「天気ビジネス」を発案し、その試みは大成功する。しかし、つかの間の彼らの成功にもやがて暗雲が立ちこめていく。警察や児童相談所が未成年の天野姉弟や、たまたま路上で拾った拳銃を手にしている帆高の行方を追い始め、また一方で、晴れ間をもたらす陽菜は、じつは「人柱」であり、いまの異常気象を元に戻すことと引き換えに姿が消えてしまう運命を担っていた。帆高は、人柱となって雲の向こうへ消えた陽菜を救うために立ちあがる。

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売 / 定価970円(本体898円)
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