書評

『東京會舘とわたし』の中の私

文: 出久根達郎 (作家)

『東京會舘とわたし』(辻村深月 著)

『東京會舘とわたし』(辻村深月 著)

 東京に所在する会館だから名称が東京會舘とは、わかりやすい。

 日頃、けっこう、おなじみの名前である。有名人のパーティーや会合場所として報じられるし、小説の舞台にとりあげられる。

 たとえば、仕事ひと筋で生きてきたエリート銀行員の定年後を描いた、内館牧子(うちだてまきこ)の『終わった人』に、『丸の内の東京會舘、ローストビーフがうまいんですよ』と主人公が女性を誘うシーンがある。

『東京會舘ですか! あそこのローストビーフ、有名ですけど食べたことないんです。嬉しいです』と女性が二つ返事で応じる。カルチャーセンターで親しくなった三十九歳の女性である。二人は窓際の席に着く。

 ついでだから會舘周囲の光景を引用する。

「この席から見る夕暮れは、大都会の美しさと淋しさを感じさせる。東京郊外や地方都市にはないものだ。流れる車のライトと、歩道を急ぎ足で行く人々のシルエット。林立する高層ビルの灯(ひ)と、皇居の壮大な暗い森。暗い堀」

東京會舘とわたし 上 旧館辻村深月

定価:本体730円+税発売日:2019年09月03日

東京會舘とわたし 下 新館辻村深月

定価:本体730円+税発売日:2019年09月03日


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