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対談 私たちのファーストクラッシュ #2<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #2<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

山田詠美 ,ジェーン・スー

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

小説の言葉のマジック

 ジェーン 私はミネソタの大学に留学していたことがあるんです。当時、アフリカン・アメリカンの男性と付き合っていたのは完全に山田さんの影響だと思います。

 山田 そうなんだ! その人、今どうしてるかね。

 ジェーン 今は子供が四人いるみたいですね。なにしろFacebookという鬼門のおかげでそういう現況が全部わかってしまうという。

 山田 うわぁ。私なんて、別れた男はみんなパラグアイだかウルグアイだかのアスンシオンというところにいることになってるの。そこは日本から公共の乗り物を使って行ける場所の中でいちばん遠いところだから、もう会うこともない(笑)。そこでタコスかなんかの屋台の太ったおばちゃんと結婚してるよ、お幸せに~とか思ってさ。

 ジェーン なるほど。自分からいちばん遠いところに住まわせるんですね(笑)。

ままならぬことが世の中にはあることを山田さんの小説から教わった(ジェーン氏)

 山田さんの恋愛小説って、自分が経験したことがないことばかり書かれているからこそ、強烈に惹かれるんですよ。でも、いきなり実践で役に立つかといったら、そうではない(笑)。むしろ失敗してからはじめて理解できるという。

 山田 私が初めてサガンを読んだときもそうだった。『悲しみよこんにちは』の中に、別荘の階段のところに座って朝食代わりにオレンジをかじるシーンがあるの。私、それにすごく憧れちゃって。自分も階段のところでオレンジを食べるんだ!って思うんだけど、当時の日本にはみかんしかない(笑)。「それで、しかたなしにみかん食べたんだよ」って言ったら、別な女性作家も同じことをやったって言うんだよ。

 ジェーン なるほど。われわれがアンクレットをストッキングの下に付けるのと同じですね(笑)。みんな必ずそういうことをやっている。

 山田 そうそう。他にも、寝そべったまま砂をひとつかみして指の間から流し落としながら物思いに耽るシーンとかね。そこで「だって夏だもの」なんて書いてあると、「ああ、やっぱり夏は海だな。海が恋なんだ」って気持ちが盛り上がるじゃない。実際に日本の砂浜に行くと海の家からラーメンの匂いとかするわけだけども(笑)。

 小説ってそういう言葉のマジックがあるでしょう。特に恋愛小説には顕著だと思う。そこにあるのが言語化された心象風景としての美しさで、恋がそれを創り上げていたんだとわかるのは、経験した後なんだよね。経験してはじめて「あ、あの人が書いてたのってこれのことなんだ」っていうのがわかる。その時に作家は、その恋に選ばれて読み手の特別になる。

『トラッシュ』文春文庫

 ジェーン まさにそうですね。自分にとっては『トラッシュ』が男女関係というものの総復習だった気がします。あの小説はリックが死んでからが長いじゃないですか。最初に読んだときは、なんでリックが死んだところで終わらないんだろうって思ったし、そもそもリックが死んじゃうことがショックで受け入れがたかった。でも今読むと、リックが死んだ後にも人生が続く、ということがいちばんのリアルでした。その後に彼女の人生がどう進んでいくのか、周りの人たちがどう気持ちを耕していくかということなんだよな、と。

 山田 『トラッシュ』は、亡くなった佐野洋子さんが「私だったら勝手にノーベル恋愛文学賞をあげちゃう」って言ってくれた作品なの。すごくうれしかったんだけど、実際にお会いしていろいろおしゃべりするようになってから、「この人、谷川俊太郎さんとかによっぽどひどい目に遭ったかな。身につまされてるんだわ」って勝手に思っちゃった(笑)。

初恋の激しさ、よこしまさ

 ジェーン 『ファースト クラッシュ』は初恋がテーマではありますが、いつまた自分もこんなふうになるかわからないと思いながらぐいぐい読まされました。

 山田 私、いちばん不穏でいやらしいのって純愛とか呼ばれるもの、やっぱりプラトニックなところの恋愛であり、初恋じゃないかと思ってるんです。心が発情期と連動しているぶん、いちばんよこしまで。だから激しいし、価値観を壊されやすい。

 ジェーン 当たり前のことだけど、父親と母親だと思っている人たちにも「親」以外の顔があるんですよね。でも、それを見てしまう瞬間はものすごく切なくてやるせない。例えばこの作中のお父さんに関して言えば、愛人の子であるリキを引き取るという、あまりに即物的なやり方で、父親が「父親」だけの顔を持つわけではないということを家族にバーンとぶつけてくる。一方、お母さんに関しては、ゆっくりゆっくり少しずつ「母親」が溶けていって、最終的に「少女」が出てくる。そうやってリキという少年は、母と三姉妹、髙見澤家の女たちが全員それぞれに独立した女なんだっていうことを徹底的に知らしめていく。

 山田 私はこういう家族であって家族ではない人間関係を描くのが好きなの。

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
詳しくはこちら>>

単行本
ファースト クラッシュ
山田詠美

定価:1,650円(税込)発売日:2019年10月30日

文春文庫
ぼくは勉強ができない
山田詠美

定価:473円(税込)発売日:2015年05月08日

プレゼント
  • 『夜に星を放つ』窪美澄・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2022/5/27~2022/6/3
    賞品 『夜に星を放つ』窪美澄・著 5名様

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