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対談 私たちのファーストクラッシュ #2<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #2<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

山田詠美 ,ジェーン・スー

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『ファースト クラッシュ』(山田詠美 著)

フィクションと正しさ

 ジェーン 山田さんの作品には、あまり人には言えないうしろめたい気持ちの中にこそ、その人の真実があるということが、とても丁寧に描かれていると思います。

 山田 例えば、フェアであるということは大前提で、そこに向かっていかなきゃいけないんだけど、ものをつくるという立場からすれば、フェアであるということが押し付けになっちゃうとよくないと思うのね。個人の領域にあることと、大きなパワーですごくアンフェアな目に遭っているということは、また別問題として繊細に切り分けて考えるべきだと私は思う。だって谷崎潤一郎の『春琴抄』の二人のパワーバランスをあげつらって批判することはできないわけじゃない? 小説の場合は、どんな不均衡があってもそれを納得させるだけの言葉の力を持っていれば、アンフェアなことも書けると思うんだよね。それが個人の領域で、心の問題。心で差別してもいいと私は思うの。そのひそやかな楽しみというものも小説には確かにある。だけど、その差別を行動に移すことを認めるような扇動をしちゃ駄目。

 ジェーン 特に『ファースト クラッシュ』のような恋愛小説は、そういうPC的なものとはなじまない分野ですよね。ただ正しいことを追求すると、啓蒙小説みたいになっちゃう。

 山田 そうそう。

 ジェーン パーソナルとパブリックの区分けはすごく難しい問題です。例えば、今の時代に男性が女性を搾取するような、けれど両者のあいだでは納得済み、といった関係性の恋愛を描いた小説が新しく発売されたとしたら、「また不均衡を強化するものが出てきた」と少なからず叩かれるだろうし。

 それを好みの問題で語るのはいいと思うんです。「私はあんまり好きじゃない」って表明するのは。だけど、フィクションに対して正しいか正しくないかっていうものさしを用いるのは、ちょっと気をつけないと。

 山田 そう。仮に本当に正しいことだとしても、その主張が集団になっちゃうと、必ず押しつぶされるものが出てくる。正しいことの下に押しつぶされた本当はもっと正しいことというのがあるかもしれない。だから、正しいことをやっていると思ったときこそ自分自身を疑わないとね。

 ジェーン 自己欺瞞ですよね。究極的にいえば、クラスの女の子がフラれたら、みんなでその男の子のことを怒りにいく、みたいなしょうもなさにもつながるというか。

 山田 そうそう(笑)。芸能人の不倫とか離婚もそうだよね。全然こっちに迷惑なんかかかってないのに、なんでみんな糾弾するのかわからない。もちろん自分がされたら嫌だけど、それこそ他人事でしょう? それがパーソナルな問題っていうことだと思う。私たちはただの野次馬なんだから。

義憤から遠く離れて

 ジェーン 山田さんは義憤みたいなものからいちばん遠いところにいらっしゃいますよね。文章を読んでいると、常に釘を刺されているような気持ちになります。やっぱり義憤に頼るのって楽だから。

 山田 正しいことやってる感があって気持ち良いもんね。

 ジェーン 自分の憂さを晴らすうえでも、誰かを引きずり下ろすうえでも、不公平に対する義憤って便利なツールにもなり得てしまうんですよね。

 山田 多数決って小説としてはかっこ悪いじゃない。個人のことだっていう意識を常に持っていたほうがいいと思う。その点、ジェーン・スーさんは全部個人のことに帰結して書いているから潔くていいよね。

 ジェーン 嘘の気持ちを書かないようにするということに関しては細心の注意を払っています。でも、嘘を避けながら正しさを追求していくと、どうしても公明正大なだけの話になっていっちゃうんですよね。

 山田 そうなんだよね。いかに勧善懲悪にならないようにするか。

 ジェーン 自分に関して言えば、「ちゃんとストリートの話をしてるか?」っていう意識は常に忘れないようにしています。それこそ事件は会議室で起きてるんじゃない、っていうフレーズがありますけど。

 山田 現場で起きてるんだ、と(笑)。

 ジェーン そう(笑)。ちゃんとストリート感覚の話をしてるのか私は、っていう自問。

 山田 わかる。時々、ストリートぶってる机の人もいるけどね(笑)。

 ジェーン 「こうしちゃ駄目よ、ああしちゃ駄目よ」ってわかっていたとしても、それしかやりようがないときって、正論のせいで袋小路に入るじゃないですか。自分が書くものは、そうはしたくないなと。

 山田 そうだよね。私、ワイドショーを見るのは好きなんだけど、何か起きるとみんな一斉に道徳家になって発言するじゃない。私、そうやって石投げてる側の顔を見るのが好きなのね。正面で、「あの人、石投げる時、こういう顔するんだ」って思いながら見てるのがすごく好きなの。下世話なんだけど、そういう顔にこそ人間という存在が現れるような気がするんだよね。

 ジェーン なるほど。例えばTwitterって、あんなに人間の情けないところを可視化するシステムもないよなと思います。私はうまく避けているほうですけど、それでもやっぱり嫌なことを言ってきたりする人がたまにいる。その人のホーム画面を見にいくと、生活に困窮していたり、会社でパワハラに遭っていたり、懸賞のリツイートばっかりしていたりするんですよね。

 山田 懸賞のリツイート(笑)。

 ジェーン みんな、現実が厳しいんです。そこがちょっと切ないというか、つらい。そういう価値観の中にいれば、ふてぶてしくやってる女とか気に入らないだろうなとも思うし。

 山田 でも、そうやって糾弾すればするほど結果的に自分の首を絞めていくことになるじゃない。

 ジェーン そうなんです。そこまで思いが至らないんでしょうね。

 じつは昔、2ちゃんねるの「山田詠美スレ」を読んだことがあるんですよ。

 山田 そんなのあるの?(笑)

 ジェーン ありました(笑)。ああいう空間って、基本的には人の悪口を言うところですよね。悪口は書いてるんだけど、そこにいる人たちはみんな、ちゃんと山田さんの作品を読めていたんです。「また今回も“選ばれた女友達の素晴らしさ”みたいなことを書いてるわ」とか言っている(笑)。全部わかってるんですよね。笑っちゃったけど、すごく不幸だなとも思って。読める力はあるのに、それに嫉妬するしかないってなんて悲しいんだ、と。

 山田 わかるからこそ余計腹立つんじゃない?

 ジェーン そうなんでしょうね。痛いところをひんめくられたような気持ちになるんでしょうね。

 私自身が山田さんから教わったのは、気のおけない女友達が自分の財産になっていくということ。だからこそ、それを持てないことに対して口さがなく言うことは、あんまり美しくないなと思ったりしていました。

 山田 でも、ものを書くってそもそも、そういう不特定多数の誰かの意見を全部、「あるものだろう」というふうに自分で納得しながらやっていかないとできないことだと思うの。だからさっきの話に戻るけど、もし森瑤子さんがSNSをやってたら本当に大変だったと思うよ。繊細で人の意見をすごく気にしたタイプだったから。

 ジェーン 派手な車の写真とか載せたら確実に炎上しますもんね。でも、たぶん気にするんでしょうね。

 山田 目を瞠るほど大胆な服を着て、まるでヒロインのように振る舞っているのに、なんでこんな小さなことでクヨクヨするんだろうって私はよく思っていたの。今思えば、あれも一種の鎧まとうのに必要だったのかもしれない。本当は、ただ一人で完結してそこに立っていればいいだけなんだけど、やっぱり人の評価というものがついてこないと不安だったんだよね。

 ジェーン そうですね。「私は私よ」って言えたら、どれだけ楽かとも思います。

>>#3へ続く

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