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対談 私たちのファーストクラッシュ #2<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #2<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

山田詠美 ,ジェーン・スー

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『ファースト クラッシュ』(山田詠美 著)

 ジェーン 特に女たちの中で、お母さんとリキがいちばん濃密な時間を過ごしているように見えるんですが、それって体感として非常によくわかるんですよ。世の中には年齢とか属性を取っ払った領域で女性と関係を編める男性というのがいて、だからこそ永遠にその人には勝てないという。咲也(さくや)の知ったかぶりの感じも素晴らしい(笑)。臆病であるがゆえに高飛車な態度に出てるんだけど、実はすごく鈍感で。

 山田 そういう子の自意識って捨てておけないよね。

 ジェーン 自分のことのように恥ずかしくなりましたね。咲也だけでなく、一人の男の子に対する三者三様の思い込みがそれぞれによくわかって、お尻がモゾモゾしました。

 リキがどういう男なのか、女たちがそれぞれいろんな角度から光を当てていって、徐々にリキという像が構成されていく点も面白かったです。リキが激しい感情をぶつけるのは衆人の前ではなく一対一のときだけだから、彼がなにを感じているかは、対峙した人か覗き見していた人にしかわからないんです。それぞれが感じたイメージも少しずつずれていくから、最後の最後までリキが何を考えているのかわからない。すごく芳醇な気持ちになりました。

 山田 あ、ほんと? ありがとう。

 ジェーン 一方で、女たちがリキに寄せる感情にも、容易に言語化できない後ろ暗さがありますよね。「かわいそう」が「魅力的」とイコールになるということは、じつはかなり幼いうちから人間は気がつくと思うんですけど、それがやっぱりよこしまなことだというのも同時にわかっていて。

 山田 そうなんだよね。だから余計に混乱して自制がきかなくなる。

 ジェーン その感情をどう昇華させるのかっていうことなんだけど、ずるい人の場合は、わざとかわいそうな人にだけ施しをあげて優しい人のふりをしたり。『蝶々の纏足』はまさにそういう構図ですよね。そういう風にしか、他者と関係を紡げない。『ファースト クラッシュ』の三姉妹はギリギリのパワーバランスで踏みとどまっていると思いました。みんなそれぞれに打開を画策するものの、そのたびに打ち破れていく。

 山田 S的なものとM的なものが交互に行き交って、反転したり、もう一回ひっくり返ったり、そういう感じで進んでいく人間関係が私は大好きで。特に恋愛小説においてはそういう関係性が好みなんだろうと思う。

 この作品を読んで「山田さん版『嵐が丘』ですね」って言った人がいたんだけれど、確かにそういう面はあるかもしれない。ヒースクリフがどういうふうに見えるか。復讐するために来たのに、けっきょくは主客が転倒して……といった構図をちょっと念頭に置いて書いた感じです。

 ジェーン 今回はなぜ中原中也の詩をそのまま引用する形にしたんですか?

 山田 私は言葉というものにすごく厳密でありたい、人間の感情は言葉で成り立っていると信じたいんだけど、そんな考えとは、まったく無縁な人を詩人に変える力が恋にはあると思ってるから。それがどんなにシンプルでつたない詩であっても、恋ってそういう瞬間を持ってくると思うの。

 ジェーン なるほど……。

 山田 「えっ、この人が?」というような感じの人が詩人になってる瞬間ってあるんだよね。ただ、現実でその瞬間を目撃したときは「わあ、恥ずかしい。陳腐だな」って思うから、小説のマジックの力が必要になってくる。

 ジェーン ちなみに作中で引用されている「春日狂想」って、初出が『文學界』みたいですよ。文藝春秋に版元を移す前のことですけど。

 山田 そうなの? へえ。

 ジェーン ちょっと面白い偶然だなと。実際にフラれた瞬間じゃなくて、学校の授業で詩を聞いているときにクラッシュするというのがいいですよね。あの時差、すごくわかる。

 山田 そう。詩ってそういう効用ってあると思うんだよね。小説とまた違う、凝縮された時間を含み込んだ言葉のエッセンスみたいなものが人の感覚をクラッシュさせるんだと思う。

フィクションと正しさ

 ジェーン 山田さんの作品には、あまり人には言えないうしろめたい気持ちの中にこそ、その人の真実があるということが、とても丁寧に描かれていると思います。

 山田 例えば、フェアであるということは大前提で、そこに向かっていかなきゃいけないんだけど、ものをつくるという立場からすれば、フェアであるということが押し付けになっちゃうとよくないと思うのね。個人の領域にあることと、大きなパワーですごくアンフェアな目に遭っているということは、また別問題として繊細に切り分けて考えるべきだと私は思う。だって谷崎潤一郎の『春琴抄』の二人のパワーバランスをあげつらって批判することはできないわけじゃない? 小説の場合は、どんな不均衡があってもそれを納得させるだけの言葉の力を持っていれば、アンフェアなことも書けると思うんだよね。それが個人の領域で、心の問題。心で差別してもいいと私は思うの。そのひそやかな楽しみというものも小説には確かにある。だけど、その差別を行動に移すことを認めるような扇動をしちゃ駄目。

 ジェーン 特に『ファースト クラッシュ』のような恋愛小説は、そういうPC的なものとはなじまない分野ですよね。ただ正しいことを追求すると、啓蒙小説みたいになっちゃう。

 山田 そうそう。

 ジェーン パーソナルとパブリックの区分けはすごく難しい問題です。例えば、今の時代に男性が女性を搾取するような、けれど両者のあいだでは納得済み、といった関係性の恋愛を描いた小説が新しく発売されたとしたら、「また不均衡を強化するものが出てきた」と少なからず叩かれるだろうし。

 それを好みの問題で語るのはいいと思うんです。「私はあんまり好きじゃない」って表明するのは。だけど、フィクションに対して正しいか正しくないかっていうものさしを用いるのは、ちょっと気をつけないと。

 山田 そう。仮に本当に正しいことだとしても、その主張が集団になっちゃうと、必ず押しつぶされるものが出てくる。正しいことの下に押しつぶされた本当はもっと正しいことというのがあるかもしれない。だから、正しいことをやっていると思ったときこそ自分自身を疑わないとね。

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
詳しくはこちら>>

単行本
ファースト クラッシュ
山田詠美

定価:1,650円(税込)発売日:2019年10月30日

文春文庫
ぼくは勉強ができない
山田詠美

定価:473円(税込)発売日:2015年05月08日

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