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不適切だからこそ役に立つ
ジェーン 音楽や映画の世界では「作品と作者は別ものと捉えた方がいいのではないか」という考え方が少しずつ浸透してきたと思うんですが、書くものに関して言えば、PC的なものは引き続き強く求められているような気がします。「いま、なにをどう書くの?」と。
山田 そのまま作者を反映していると思われがちだしね。
ジェーン 昔のことを掘り返して申し訳ないんですが、山田さんがアメリカ人男性とお付き合いしていたとき、マスコミにいろいろ騒がれましたよね。山田さんではなく、その方の話がスポーツ紙に載ったりして。作品自体と関係ないところでギャーギャー言われる状況を見て、ものすごく変だなと思ったことを覚えています。
山田 私が直木賞を受賞したときなんて、「あなたは大和撫子という言葉を知ってますか」という手紙が何通か来たもん。黒ん坊の情婦は死ね、とか。
ジェーン えーっ! 酷い。まあでも、嫉妬もあるんだろうな。自分の国の女だからって自分たちのものじゃないという、腹立たしくも純然たる事実を突きつけられたような気持ちになったというか。
山田 そう。特に私のことをいろいろ書きたてたり悪口言ったりした人たちって、団塊の世代と呼ばれる人たちが多かったんだけど、同じ世代なのにヒッピーって呼ばれている人たちはみんな私のことを好きだったのよ(笑)。だから年代じゃないんだよね。社会的にカテゴライズされてしまった何かに囚われている人たちなんだと思う。
ジェーン 社会規範から逸脱している人を許せない人が、昔も今も多いんでしょうね。
でも、そんなふうにスキャンダラスに書きたてられた山田さんの作品が、今となっては学校の教科書に載っている。自分の手柄でもないのにニヤニヤしますね。
山田 私、教科書検定に何度も落ちているの。別に頼んでないから落ちてもいいんだけど、その理由っていうのが「不適切な描写があるから」だって聞いてバカだなって思っちゃった。不適切な描写だから読みたいわけだし、だからこそ役に立つんじゃないって。
もうずいぶん前の話なんだけど、知り合いのカメラマンがいかにも素直でかわいらしいタイプの子と結婚したの。ある日、新居の本棚が二重構造になっていることに気づいて、よく見たら後ろ棚にあるのが全部私の本だったんだって。「そのときの恐怖、わかります?」って言うから、ゲラゲラ笑っちゃった(笑)。
でも今はお母さんが我が子に読ませるっていうパターンがすごく多いみたい。親子三代でサイン会に来るもん。
ジェーン かつての自分がドキドキしながら大人ぶって読んでいたものが、最終的に子供の教科書に採用されるって、すごいカタルシスだと思います。このあいだ書店に行ったとき、『ぼくは勉強ができない』の文庫版を手にとって後ろをぱっと見たら、50刷って書いてあったんですよ。よく「よい作品というものは書き手が亡くなってもずっと残っていくものだ」って言われるけど、その過程をまのあたりにした感覚でした。
山田 そういう幸せな目に遭っている小説って、寂しいことに今の時代あんまりなくなってきちゃったからほんとうにありがたいよね。
私が書いた小説の中でいちばん売れたのは『放課後の音符(キイノート)』っていう連作集。その中にジャンパトゥのミルっていう名前の香水が出てくるんだけど、ある学校に勤める女の先生が、その香りを吹き付けたしおりを『放課後の音符(キイノート)』の文庫本に挟んで卒業式の日にクラス全員に配ってくれたんだって。
ジェーン なんて素敵な!
山田 小説冥利に尽きるとはこのことだよね。
帰還兵がいる幸せ
山田 じつは私もジェーン・スーさんの本はほとんど読んでいるの。最近の本だとお父さんのことを書いた『生きるとか死ぬとか父親とか』がすごく良かった。お父さん、とってもチャーミングね。
ジェーン ありがとうございます……。へんな人だし、ほんとに困っちゃいますけどね。最近は八十一歳にして急に「かわいがるものが欲しい」って文鳥を飼いはじめて、私は大慌てで文鳥の寿命を調べました。どっちが先になるんだか。
山田 なんか幸せ(笑)。そういう、チャーミングな部分をそのままチャーミングに書ける人って、じつはあんまりいないから。すごいなと思いました。
ジェーン あぁ、書いてよかったです。自分では父親月報みたいなものだと思っていたし、父にもそう言ってあったんです。「月に一回私に会って、あなたの私生活をそのまま晒すとお金が入るシステムです」って。
山田 あはは、面白い。で、お父さん、読んだの?
ジェーン 読んだって言ってるんですけど、たぶん読んでないですね。内容について聞いてもちんぷんかんぷんだし。
山田 でも、うれしいんじゃない?
ジェーン 読んでないのに人に配ってるみたいなので、うれしいんだとは思うんですけど。「配っていい内容かどうか、ちょっと読んでから決めたほうがいいと思うよ」とは言ってあります(笑)。
山田 単に時代に合っていてお洒落なエッセイなら女性誌とかに山ほどあるんだよね。でも、オシャレなことばっかりで世の中進んでいるわけじゃない。そういうスポットに入っちゃったときに手にとれるような本を書く人が、今はジェーン・スーさんなんだと思う。生きていく上で、この人の意見とかアイデアを知りたいって思う人。
ジェーン ありがとうございます。私は帰還兵のようなものだと思っていて。「ここに地雷が埋まってるから気をつけなさい」とか、「あのジャングルは意外と短い」とか、そういうことを伝えにきてるだけだって。
山田 面白い(笑)。でもそういう人って、私たちの年代にはあんまりいないのよ。ちょっと上になるとそれこそ森瑤子さんとか安井かずみさんなんかがいるんだけど。自分の生きた時代に合ったロールモデルがいない。だから、そういう人が同じ世代にいるのって幸せなことだなと思うの。
ジェーン いやー、感激です。生きてるだけで、いいことって起こるんですね。ちょっとビックリですよ、本当に。評していただいたこともそうですが、読んでいただけたということ自体がもう。なんか、一方通行にしか流れていかないはずの川の上流と下流がつながって、輪になっちゃった感じ。流れるプールみたいにグルグル循環し始めて、心の準備が(笑)。
トラッシュ
発売日:2008年04月20日
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