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対談 私たちのファーストクラッシュ #3<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #3<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

山田詠美 ,ジェーン・スー

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『ファースト クラッシュ』(山田詠美 著)

今を生きることの免罪符

 ジェーン そういえば、山田さんが「ポンちゃん」シリーズの中で、ドラッグを耽美的に書く文化に対して「ドラッグはカルチャーじゃなくてプロブレムだから」と書かれていたと思うんですが、日本全体が今、その感覚に追いついてしまったような気がしているんです。

 このあいだ30年ぶりくらいに『ドゥ・ザ・ライト・シング』が再上映されていたのを観に行ったんです。上映当時はあくまで「アメリカの話」として受け止めていたことが、今観たら完全にリアリティをもって感じられることに震撼しました。「人種間の対立」「貧困」といったキーワードって、あくまで他人事だったはずなのに。

 山田 わかるよね。人がついうっかり人を扇動しちゃうことの怖さというか。そういう空気って今、日本でもひしひしと感じられる。

 ジェーン もう完全に自分たちの話として迫ってくる。あのときは、ヒップホップであり、スパイク・リーであり、ニューヨークであり、ブルックリンであり、消火栓を抜いて水を浴びるというシチュエーションであったりという、外国のカルチャーとして受け止めていたはずなのに、今ならこういうライオットは日本でも起こりえると思っちゃう。暑すぎるとか、賃金が安いとか、人生が思ったとおりにいかないとかっていうことが大きい暴動につながるのが肌感覚でわかる。あんなの絵物語でしかなかったのに。

 山田 まさか、こうなるとはね。

 ジェーン 『トラッシュ』のリックの話って、十分な愛情を受けずに育ってきた人たちの話でもありますよね。だから自分の愛情表現もあんまりうまくないし、もらった愛情を素直に受け入れられない。ニューヨークという異国の地が舞台であることも含め、そういう人たちの物語を読むことは、自分にとってはある種の勉強だったんです。私の世界は狭かったし、愛情のある親に恵まれた環境で育ててもらったという自覚があるので。ところが最近は、同じことが日本でも社会問題として認識されるようになっている。だから山田さんがこのタイミングでネグレクトを題材にした『つみびと』を書かれたことは、私の中では至極納得というか、腑に落ちたというか。

『つみびと』中央公論新社

 山田 あの作品の主人公のひとり、子供たちを置き去りにしちゃう蓮音みたいに、「言葉を持たない人」っているんだよね。自分の気持ちを話したいんだけど、どうやって話していいのかわからなくて、「いいや、もう」ってなって流されちゃってる人。彼女たちが自分の言葉を見つけられていたら、それを誰かがキャッチできていれば、という気持ちはある。

 幸い私はそういう人たちに会う機会がいくつもあった。これこそが遊ぶことの効用だなって思うんだけど。例えば、かつて基地の周りにいてアメリカ人と付き合ってた子たちって、すごくファンキーなイメージで、そうした状況がクールだっていうことを免罪符にできていたわけ。ところが『つみびと』の蓮音の周りで遊んでいる子たちは、そんなふうに外部にも通用するような価値基準を持ってない。今どきヤンキーでかっこ悪いって都会の人たちが思うに決まっているのに、なんでも内輪でシェアして地元の仲間意識にしがみついてる。

 ジェーン 狭いコミュニティに依存してしまうんですね。

 山田 そう。あいつらと付き合っただの付き合わないだのっていう話題が唯一の娯楽になっている。そういう子たちと会って話していると、書き手としての意欲を掻きたてられるわけよ。そうやって三十数年間書いてきちゃったという感じ。

 ジェーン さっきサガンのことを聞きながら思い出したんですが、山田さんの作品って、少女でいることの免罪符になっていたような気がします。自分の生が認められるというか。今を生きていることを、ちゃんと掬ってもらえているような感じがありました。

 山田 でも、それがさっき言っていたストリート感覚にも関わってくるんだよね。歳をとってくると、周りの価値観で自分を底上げするみたいな書き方をしちゃう人も多いから。例えばセレブの友達のことばっかり書いたりなんかして。

 ジェーン・スーさんみたいに熱狂的なファンを持つ物書きの人って、この人にしか分からない価値というのをちゃんと提示している人だと思うのね。そうすると、「あっ、私も実はそうだったんだよ」っていうところで共感がすごくあって。そういうものをずっと持ち続けるのは大変だと思うんだけど。

 あなたも本を出すようになっていろいろ言われたりしたことある?

 ジェーン 最初の頃はありました。いろいろ冷や水ぶっかけてくるような人に限って、連載まで読んでいたりして。どういう心境なんだろうって思いますけど(笑)。

 山田 ほんとほんと。

 ジェーン 今はだいぶ減りましたけどね。

 山田 だから、それが教科書になっていくっていうことなんだよ。

 ジェーン ああ、なるほど……!

 山田 最初のうちはとにかく気に食わないからって、こっちからすると残酷としか思えないようなことをネチネチ言ってくるんだけど、それでもずっとやり続けていけばだんだん減ってきて、いつのまにかみんな認めていく。っていうか、悪口言うにも情熱と勤勉さがいるからね(笑)。もうこうなったら乗りかかった船だから、お互いに頑張りましょうね。

 ジェーン ありがとうございます。今日の今日まで、まさか同じ船に乗っているとは思ってなかったんですが……「君たち、生き永らえたほうがいいよ、絶対」っていろんな人に言いたい気持ちです(笑)。

(構成・倉本さおり/八月二〇日、文藝春秋にて収録)


山田詠美(やまだ・えいみ)
一九五九年生まれ。八五年「ベッドタイムアイズ」で文藝賞を受賞し、デビュー。八七年『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、二〇〇一年『A2Z』で読売文学賞、一二年『ジェントルマン』で野間文芸賞ほか受賞多数。最近の著書に『つみびと』など。

ジェーン・スー(ジェーン・スー)
一九七三年生まれ。二〇一五年、『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で講談社エッセイ賞を受賞。『生きるとか死ぬとか父親とか』、対談集『私がオバさんになったよ』などの著書のほか、作詞家やTBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のパーソナリティとしても活躍する。

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2019年11月号 / 10月7日発売
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