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対談 私たちのファーストクラッシュ #3<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #3<特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

山田詠美 ,ジェーン・スー

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『ファースト クラッシュ』(山田詠美 著)

帰還兵がいる幸せ

 山田 じつは私もジェーン・スーさんの本はほとんど読んでいるの。最近の本だとお父さんのことを書いた『生きるとか死ぬとか父親とか』がすごく良かった。お父さん、とってもチャーミングね。

 ジェーン ありがとうございます……。へんな人だし、ほんとに困っちゃいますけどね。最近は八十一歳にして急に「かわいがるものが欲しい」って文鳥を飼いはじめて、私は大慌てで文鳥の寿命を調べました。どっちが先になるんだか。

 山田 なんか幸せ(笑)。そういう、チャーミングな部分をそのままチャーミングに書ける人って、じつはあんまりいないから。すごいなと思いました。

 ジェーン あぁ、書いてよかったです。自分では父親月報みたいなものだと思っていたし、父にもそう言ってあったんです。「月に一回私に会って、あなたの私生活をそのまま晒すとお金が入るシステムです」って。

 山田 あはは、面白い。で、お父さん、読んだの?

 ジェーン 読んだって言ってるんですけど、たぶん読んでないですね。内容について聞いてもちんぷんかんぷんだし。

 山田 でも、うれしいんじゃない?

 ジェーン 読んでないのに人に配ってるみたいなので、うれしいんだとは思うんですけど。「配っていい内容かどうか、ちょっと読んでから決めたほうがいいと思うよ」とは言ってあります(笑)。

 山田 単に時代に合っていてお洒落なエッセイなら女性誌とかに山ほどあるんだよね。でも、オシャレなことばっかりで世の中進んでいるわけじゃない。そういうスポットに入っちゃったときに手にとれるような本を書く人が、今はジェーン・スーさんなんだと思う。生きていく上で、この人の意見とかアイデアを知りたいって思う人。

 ジェーン ありがとうございます。私は帰還兵のようなものだと思っていて。「ここに地雷が埋まってるから気をつけなさい」とか、「あのジャングルは意外と短い」とか、そういうことを伝えにきてるだけだって。

 山田 面白い(笑)。でもそういう人って、私たちの年代にはあんまりいないのよ。ちょっと上になるとそれこそ森瑤子さんとか安井かずみさんなんかがいるんだけど。自分の生きた時代に合ったロールモデルがいない。だから、そういう人が同じ世代にいるのって幸せなことだなと思うの。

 ジェーン いやー、感激です。生きてるだけで、いいことって起こるんですね。ちょっとビックリですよ、本当に。評していただいたこともそうですが、読んでいただけたということ自体がもう。なんか、一方通行にしか流れていかないはずの川の上流と下流がつながって、輪になっちゃった感じ。流れるプールみたいにグルグル循環し始めて、心の準備が(笑)。

今を生きることの免罪符

 ジェーン そういえば、山田さんが「ポンちゃん」シリーズの中で、ドラッグを耽美的に書く文化に対して「ドラッグはカルチャーじゃなくてプロブレムだから」と書かれていたと思うんですが、日本全体が今、その感覚に追いついてしまったような気がしているんです。

 このあいだ30年ぶりくらいに『ドゥ・ザ・ライト・シング』が再上映されていたのを観に行ったんです。上映当時はあくまで「アメリカの話」として受け止めていたことが、今観たら完全にリアリティをもって感じられることに震撼しました。「人種間の対立」「貧困」といったキーワードって、あくまで他人事だったはずなのに。

 山田 わかるよね。人がついうっかり人を扇動しちゃうことの怖さというか。そういう空気って今、日本でもひしひしと感じられる。

 ジェーン もう完全に自分たちの話として迫ってくる。あのときは、ヒップホップであり、スパイク・リーであり、ニューヨークであり、ブルックリンであり、消火栓を抜いて水を浴びるというシチュエーションであったりという、外国のカルチャーとして受け止めていたはずなのに、今ならこういうライオットは日本でも起こりえると思っちゃう。暑すぎるとか、賃金が安いとか、人生が思ったとおりにいかないとかっていうことが大きい暴動につながるのが肌感覚でわかる。あんなの絵物語でしかなかったのに。

 山田 まさか、こうなるとはね。

 ジェーン 『トラッシュ』のリックの話って、十分な愛情を受けずに育ってきた人たちの話でもありますよね。だから自分の愛情表現もあんまりうまくないし、もらった愛情を素直に受け入れられない。ニューヨークという異国の地が舞台であることも含め、そういう人たちの物語を読むことは、自分にとってはある種の勉強だったんです。私の世界は狭かったし、愛情のある親に恵まれた環境で育ててもらったという自覚があるので。ところが最近は、同じことが日本でも社会問題として認識されるようになっている。だから山田さんがこのタイミングでネグレクトを題材にした『つみびと』を書かれたことは、私の中では至極納得というか、腑に落ちたというか。

『つみびと』中央公論新社

 山田 あの作品の主人公のひとり、子供たちを置き去りにしちゃう蓮音みたいに、「言葉を持たない人」っているんだよね。自分の気持ちを話したいんだけど、どうやって話していいのかわからなくて、「いいや、もう」ってなって流されちゃってる人。彼女たちが自分の言葉を見つけられていたら、それを誰かがキャッチできていれば、という気持ちはある。

 幸い私はそういう人たちに会う機会がいくつもあった。これこそが遊ぶことの効用だなって思うんだけど。例えば、かつて基地の周りにいてアメリカ人と付き合ってた子たちって、すごくファンキーなイメージで、そうした状況がクールだっていうことを免罪符にできていたわけ。ところが『つみびと』の蓮音の周りで遊んでいる子たちは、そんなふうに外部にも通用するような価値基準を持ってない。今どきヤンキーでかっこ悪いって都会の人たちが思うに決まっているのに、なんでも内輪でシェアして地元の仲間意識にしがみついてる。

 ジェーン 狭いコミュニティに依存してしまうんですね。

 山田 そう。あいつらと付き合っただの付き合わないだのっていう話題が唯一の娯楽になっている。そういう子たちと会って話していると、書き手としての意欲を掻きたてられるわけよ。そうやって三十数年間書いてきちゃったという感じ。

文學界 11月号

2019年11月号 / 10月7日発売
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単行本
ファースト クラッシュ
山田詠美

定価:1,650円(税込)発売日:2019年10月30日

文春文庫
ぼくは勉強ができない
山田詠美

定価:473円(税込)発売日:2015年05月08日

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