特集

「こういうことがつまりジャズなんだよ」――村上春樹とジャズをめぐる3章<特集 村上春樹・作家生活40年>

文: 村井康司

文學界12月号

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

1

「他には?」

「〈ギャル・イン・キャリコ〉の入ったマイルス・デイビス。」

 今度は少し余分に時間がかかったが、彼女はやはりレコードを抱えて戻ってきた。(『風の歌を聴け』)

 

 村上春樹という新人作家の『風の歌を聴け』という小説を読んだのは1979年、私が大学4年の秋だった。手元にある単行本の奥付を見ると「1979年7月25日第一刷発行 1979年10月16日第四刷発行」となっている。たしか「ポパイ」のブックレヴューで「ミントガムを噛みながらビールを飲んだような読後感」とかいう、今にして思えば笑っちゃうような形容で紹介されていて、それを読んで買った記憶がある。時代ですねえ。

『風の歌を聴け』のテーマ・ミュージックがビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」だということは誰もが認めるだろうけど(大森一樹監督による映画のテーマ曲もこの曲だった)、ジャズについては、「僕」がレコード屋で「〈ギャル・イン・キャリコ〉の入ったマイルス・デイビス」を買うこのシーンが印象に残った。そのころの私はすでにいっぱしのジャズ・ファンを気取っていたのだけど、恥ずかしいことにそのアルバムを知らず、いろいろ調べてそれが『ザ・ミュージング・オブ・マイルス』という、1955年に録音されたワンホーン・カルテット作だということを知ったのだった。マイルスの作品の中ではあまり知られていないものの一つだけど、とてもチャーミングでキュートな演奏が聴ける愛すべきアルバムだ。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
詳しくはこちら>>


 こちらもおすすめ
特集「地下鉄サリン事件」以降の村上春樹――メタファー装置としての長篇小説(前篇)(2019.10.29)
特集「舵の曲ったボート」の歴史意識――村上春樹、小説家40年を貫くもの<特集 村上春樹・作家生活40年>(2019.11.26)
特集倫理のレッスン 新連載 第一回 東京で溺れない哲学(2019.12.03)
特集夜明けまでの夜(2019.12.03)
特集おぼれる心臓(2019.12.03)