時代小説作家にとって江戸時代の切り絵図は、なくてはならないもの。横にいつも置いて、町並みを見ながら執筆をしているので、とても親しみがあるんです。
そもそも切り絵図は、江戸時代の後期に、麹町(現在の東京都千代田区)で荒物屋をやっていた人が、武家地とつながっているので、しょっちゅうお武家の家の場所を聞かれる、だったら見やすい地図を自分で作ろう、と思いたったのが始まり。地図と言っても実測ではなく、町を足で歩いて調べ、必要な情報を入れていく絵図です。
武家屋敷には主の名を書きこむ、神社仏閣など書きいれるものと省くものを見極める。赤は寺社、緑は畑、川や堀は水色と、色合いが工夫されていて、見ているだけで楽しい。切り絵図を作った人たちの話を書いたら面白いだろうと思い、このシリーズが生まれました。
最終巻『冬の虹』で描かれている二大切り絵図屋の確執は、実際にあったことです。幕末に尾張屋という店が、古い切り絵図屋を買収して、販売の権利を勝ち取っています。
切り絵図がどのように始まったか――さかのぼるのは難しいですね。武家屋敷はお役目が変わるたびに名前が変わるし、土地を埋立てたり……幕末に向けてずいぶん変遷している。切り絵図の世界は、奥が深いんですよ。
主人公の清七は長谷家の庶子として生まれ、日陰の身で育ち、やがて刀を捨てて町人として生きていく――この設定は、旧家の後妻の息子として生まれて、先妻の息子とすごく差がある、と知りあいが話していたのを聞いて、それを拝借しました。江戸時代なら尚更のこと差別的扱いをうけながら、自分自身で新しい人生を切り拓いていく、清七の人物像が出来上がったのです。
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