19歳でどんな修羅場を駆け抜けてきたのだろう
「鈴木さん、女の子たちがちゃんと本当のこと話してくれるようになるまで取材するの、結構時間かかるの分かる。それで、こんな人数取材してさ。第一にあたし思うのは、なんでそこまで踏み込んでるくせに、鈴木さんは何もしないのってことなの」
「本は書いたけど……」
「違くて。なんで鈴木さん、てめーで援デリ(組織売春)の経営しようとか、女の子住ませる寮つくるとかしなかったのかってあたしは聞いてんの」
「そんなんしたら、俺が逮捕されちゃうじゃん」
「ほらな。自分は安全なとこから女の子の観察して、自分はわかってますみてーなツラ下げて偉そうに本とか書いちゃうんでしょ? ホントに鈴木さんが逢ってきた子たちのこと考えたら、テメーが捕まろうがなにしようが関係ねーだろ。勝負してねえよ鈴木さん」
紹介者の広告屋からは、風俗嬢になる前の里奈は未成年を集めた大規模な組織売春の統括者をしていたと聞いていた。家庭の事情があって中学校に上がる前から児童養護施設で育ったが、15歳で地元を飛び出してからは一度も帰郷していない。僕の本を知ったのは、組織売春時代の同業者仲間から「里奈のことが書いてあるっぽい本がある」と紹介されたからだという。
19歳でどんな修羅場を駆け抜けてきたのだろう。はすに構え、睨み上げるような里奈の声は、店内によく通る。
後ろのテーブルでなにやら大金が動く商売の話をしていたヤクザ風が耐えかねて「ちょっとウルセエな」と振り向くと、里奈は素直に「あ、すみません」と頭を下げた。僕は背筋が凍らんばかりだが、ヤクザ風は里奈を見てニヤッと笑い、自分たちの怪しい商談に戻る。ここで「困ったことがあったら連絡しな」などと言ってヤクザ風が名刺でも切れば、まるで映画のワンシーンだ。
一体この少女は何者なのだろう。家のない少女らの世界は時には残酷な喰らい合いの世界で、街を彷徨う少女らは自分以外の誰かのことを考える余裕を失った者が大半だったが、この少女は違う。明らかに里奈は自分のためではなく、自分と同じような境遇にある少女らのために何らかの義憤に駆られ、僕に詰め寄って来ていた。
話が聞きたいと身を乗り出した僕に下心がなかったと言えば、嘘になる。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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