コラム・エッセイ

“貧困女子”ルポライター初の小説。ノンフィクションとは違う血の滾る執筆経験だった(前編)

鈴木 大介

『里奈の物語』(鈴木大介 著)

世に蔓延る無理解で理不尽な言葉

『里奈の物語』(鈴木大介 著)

 僕は、語る言葉を持たない者の「苦しい」の声を世の中に伝える代弁者になりたくて、取材と執筆活動をしてきたが、その一方でノンフィクション表現に限界も感じていた。

 <売春の稼ぎで暮らす家出少女>。

 それは一般社会に生きる人々にはまったく不可視のところに生きる者で、理解も共感もしてもらえないどころか、無理解と攻撃の対象にすらなってしまいそうな存在だ。

「親や生い立ちがどうあろうと、売春なんかしない子はしない」

「施設からの進学や資格取得や、ほかにも選択肢はたくさんあるはず」

「稼ぐ身体がある女はまだ恵まれている」

 世に蔓延る無理解で理不尽な言葉に対して、彼女たちの「ありのままの姿」をノンフィクションで描くことは、実は大きなリスクを孕むことだったのだ。

 なぜなら少女らの多くはそんなに素直で大人しくて可愛らしい性格なんかじゃないし、「助けなければならない」と思わせるには少々怠惰すぎたり行動が無軌道すぎる。何より未成年ながら自らの身体を売ることで自活の道を切り拓いているプライドがあって、不安定で危険なアンダーグラウンドの世界でそれなりにギラギラした青春を送っているからだ。

 彼女たちが「救うべき存在に見えない」パーソナリティになってしまった根底に、幼いころから与えられるべき愛情やケアを与えられてこなかった生い立ちや、目を覆いたくなるような暴力の被害経験があったとしても、いまの彼女らをありのままに書けば、それは単なる「見世物」になりかねない。

 賛同だろうがアンチだろうが、議論のネタになることがメディアの収益を生む時代になりつつあった。少女らの逸脱をそのままに描けば、「揶揄や嘲笑」や自己責任論と擁護派の議論が賑わい、それがメディアの収益につながるのだろうが、それでは炎上する差別や自己責任論に注ぐ燃料になってしまうだけだ。

 悲惨な生い立ちの少女らが売春をしているというノンフィクションを「金で自由にできる少女」というポルノの文脈で消費する、心底この世から消え去ってほしいような下半身の男たちもいる。

【次ページ 2年に及んだ聞き取り取材】

里奈の物語鈴木大介

定価:本体1,900円+税発売日:2019年11月27日


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