「外国語で歌っていてことばの意味はまったくわからないのに、その歌に感動するってことがあるでしょう? あれ、なんでだと思いますか?」
みんなが答えを探ってシーンと静まった会場に向かって彼は言い放ちました。
「あれはね、歌手が魂を揺さぶって歌っているからなんですよ」
と。だからその声は、聞く人の魂を揺さぶるのだと。会場の空気がふっと緩みました。そのことばが、みんなの胸にストンと落ちたようでした。
その夜のS氏を囲んでの打ち上げ会。私とS氏はほぼ同年代ですが、もう一世代若い言語脳科学者やソプラノ歌手も一緒でした。二人とも、職業柄ことばへの関心がひときわ高く、すぐれた文章家でもあります。昼間聞いたS氏の話に深い共感をよせながら、ことばについて語りあっているとき、私は思わず口走っていました。
「私、このごろ、とってもバカになったような気がするの」
恥ずかしながら私は、少し前から毎朝1時間以内に800字のエッセーを書くトレーニングを始めました。最近、まったく自分の思考力、集中力、持続力が劣化してしまったのを痛感していたからです。考えようとしても輪郭がぼやけて、考えを絞りこんでいけない。書いても喋っても、どこかで読んだり聞いたりした、他人のことばに乗っかっているような気がする。今の私はひどすぎる、このままではいけないと。とはいえ、その習慣は三日坊主ならぬ、十日坊主で終わってしまいましたが、それくらい切羽詰まった気持ちになっていたのです。ことばの話をしているうちに、ついその不安を漏らしてしまったのですが、驚いたことに、S氏は即「おれも、おれも、おれもバカになった、もう長いものが読めなくなった!」と叫んだのです。そして、ことばには人一倍自信をもっているはずの二人も「なんだか窮屈なんですよね」「なにが変わったんでしょう」などと、それぞれ深刻そうに不安を口にしたのです。
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ネットの洪水から離れてみよう
2019.12.04インタビュー・対談 -
五百年に一度の「ことば」の大転換期に
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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