三部作の完結編であるが、ひるまず本作から読むことを推奨したい。現代を生きる我々に何かと不足しがちな「物事を実現する力」に満ちているからだ。本書によって「実現力」を学ぶことができれば、混迷極める世界をサヴァイヴしたり、ビジネスへ応用することもできるかもしれない。少なくとも、文学好きだけのための本ではない。
物語の主人公は「阿部和重」。職業から経歴、年齢まで実際の著者と同じという設定だ。一介の物書きである彼が、来日したCIAの面々と渡り合う。極秘かつ危険な現場へとドシドシ足を踏み込む。そしてスーツケース型核爆弾によるテロを阻止すべく、危険な任務を担うことになる。「一介の物書き」が、逃げも隠れもせず何はともあれ全てのミッションを駆け抜けるのだから、物事を実現する力はたいしたものである。しかも幼い子供を抱えながらであり、育児と仕事の両立に悩む世代にとって彼の行動は大いに勇気付けられるだろう。人を裏切ることを知らぬ、純粋な男であることが、この「実現力」の根底に横たわっている。
もう一つの「実現力」は長大な三部作の完成である。二〇年以上昔、J文学ブームの時に人気作家として著者は一気に躍り出たが、当時から早々に、あるだけででかいという感じの話を書きたいと将来の展望を公言していた(『リトルモア』一九九七年秋号)。
「神町(じんまち)サーガ」と呼ばれることになる第一部の制作にまもなく着手し、映画批評の執筆も極力控えながら創作に集中した。途中で芥川賞を得たがその受賞作すら貪欲にサーガと接続し、他の作品も次々と関連付けながら、壮大な物語が展開していくことになった。
神町は三部作の主要な舞台であるが、山形県にある著者の実在の故郷がモデルだ。サーガの中で様々な色付けがなされたが、今回の完結編では、とうとう日本の首都になってしまった。全三部作で二〇年、五千枚を超える大作に成長した物語の裏面には、日本の戦後史そのものがぴったりと張り付き、通読すれば現代史の勉強にもなる。二〇一四年現在を描く本作ではオバマ米大統領まで重要な登場人物の一員に加わっており、国家がテーマであることがより鮮明になっている。政治的なセンスを磨くこともできるだろう。
完結編にふさわしく著者の全てが凝縮した形で詰め込まれている傑作と断言したい。物語の緻密な構成は本領発揮であるし、奇妙なほど律儀な文体が醸すユーモアが読みやすさと笑いを同時にもたらす。初期作品を彷彿とさせるくだらなさも炸裂している。実験的でありながら面白い。雑多でありつつ、純粋だ。日本の将来を大胆に活写する驚愕のラストについてここで触れるわけにはいかないが、もしかするとこれもまた「実現」してしまうのかもしれない。ある意味で予言の書でもある。
あべかずしげ/1968年、山形県生まれ。「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。「グランド・フィナーレ」で芥川賞、「神町サーガ」三部作の第一作『シンセミア』で伊藤整文学賞、第二作『ピストルズ』で谷崎潤一郎賞受賞。
ふくながしん/1972年、東京都生まれ。作家。主な著書に『アクロバット前夜90°』『三姉妹とその友達』『星座と文学』など。