- 2019.10.08
- インタビュー・対談
『Orga(ni)sm』キーワードをめぐるよもやま話 #1
サイモン辻本(辻本力) ,ガーファンクル(編集部)
文學界10月号 <阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>
出典 : #文學界
死にかけのアメリカ
サイモン辻本(S) 神町トリロジー最終作『Orga(ni)sm』は、音楽や映画に関する固有名詞が大量にちりばめられてるのが特徴だよね。
ガーファンクル(G) 大作やヒット作もあれば、マイナーな知る人ぞ知る作品もあって、めちゃ幅広い。本作は、主人公=阿部和重なわけだけど、音楽や映画が、彼の置かれている状況や気分を表現する形容詞のように使われたり、あるいは引用のような形で登場したりする。
S 連想ゲームっぽいのも多いよね。「寂しい」という気持ちを吐露する際に、ボビー・ヴィントンの「ミスター・ロンリー」、鈴木聖美 with RATS&STARの「ロンリー・チャップリン」が出てきたり。
G そうしたワードは漠然とその場のノリで出てくるとも限らなくて、非常に有機的(オーガニック)に、物語にとって意味のある形で配置されてもいるから油断ならないんだよねー。小説全体を貫くテーマを、音楽や映画で指し示しているというか。
S 映画の話題にしても、タイトルとかの情報なしに、いきなり登場人物の名前だけ出てきちゃったりする。もちろん、そうした固有名詞を知らずに読み飛ばしちゃうことは可能なんだけど、とはいえ、知ってればより小説を楽しめるのも事実。というわけで、『Orga(ni)sm』に出てくる音楽や映画を肴にいろいろダベっていきたいなぁと。そうそう、Spotifyにこの小説に登場する曲のプレイリスト〈Music from Orga(ni)sm〉を作ったんで、読書のお供にどうぞ。
G あ、一部物語の核心に触れるようなところもあるので、ネタバレがイヤな人はあとで読んでね。まずは音楽ネタから。冒頭、いきなりヴァン・モリソンの「スリム・スロウ・スライダー」の歌詞の引用から始まる。
S 代表作『アストラル・ウィークス』の最後に入ってる曲ね。
G この二節って、「お前は死にかけてる。そして、お前もそのことに気付いてる」みたいな意味だけど、これってまず物語の冒頭で、主人公・阿部和重の家に瀕死の状態で転がり込んでくるラリー・タイテルバウムという『ニューズウィーク』編集者……もといCIA諜報員の存在に繋がるよね。ラリーという男は、この小説の中で「アメリカ」という国の象徴でもあると思うの。だから、この歌詞において「dying」な状態にある「you」というのは、ラリーのことであり、同時にアメリカのことなんじゃないかなって。
S 瀕死のアメリカ。小説では、オバマ時代が舞台だけど、そこからトランプの時代へと移行する中で「死」へと向かいつつあるように見える「アメリカ」の現実が、『Orga(ni)sm』にこだましているように感じた。そういえば、本書に引用される音楽や映画って、ほとんどがアメリカのものだよね。
G 神町トリロジーには「アメリカ」というテーマが通底してあるもんね。あるいは日米関係っていうか。第一作『シンセミア』に登場する田宮家はパン屋で、パンの日本への浸透には、戦後の食糧難時代にアメリカから余剰小麦を押し付けられたという歴史的背景があるわけで。
S 中でも、特に強くアメリカというモチーフが前面に出てきているのが『Orga(ni)sm』。
G サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」っていう、ズバリなタイトルの曲も引用されてた。恋人とバス旅行してアメリカを探しに行く――みたいな内容。
S 歌詞の中に「spy」って単語が出てくるけど、これはラリーを想起させるよね。
G で、ヴァン・モリソンの曲だけど、発表されたのは一九六〇年代。時代背景的にはベトナム戦争とかがあったわけだけど、それを現代の文脈に持ってきても別な響かせ方ができるところが興味深い。そういや、最近翻訳が出た『アメリカ死にかけ物語』って本があったな。ホームレスとかドラッグ中毒者とか、アメリカの最底辺で生きる人たちの声を集めたノンフィクション。
S あ、過去に『血液と石鹸』って短篇集が翻訳されてるリン・ディンね。ベトナム戦争末期にアメリカに移住したベトナム人小説家。今は故郷に戻ったらしいけど。奇しくもこの本には、リアル阿部和重さんの奥さんである川上未映子さんがエッセイを寄稿してる。
G すごい偶然(笑)。
ドラッグと今はなきスターたち
G そうだ、「スリム・スロウ・スライダー」って、ヴァン・モリソン自身が語っていることとして、どうもドラッグをやっている人の語りらしいのよ。
S ラリっている人の話なんだ。そうそう、「ドラッグ」も本書の重要なキーワードだよね。トリロジー第一作のタイトル「シンセミア」からして、高純度のマリファナのことだったし。だから、ドラッグを思わせる曲や映画もたくさん出てくる。
G それでいうと、井上陽水の「氷の世界」もそっち系なのかな。主人公・阿部和重が「寒い」から連想した曲、みたいなのだけど。もしかしたらドラッグ的連想? 歌詞もあらためて読むとメチャ変だし、ぶっ飛んでるじゃない。
S これは七三年に発表された曲で、確か陽水は七七年に大麻で捕まってたね。まあその影響下で作った曲という可能性もなくはない? 氷→結晶→白い粉末……なんて連想もしちゃったりして。まあ、大麻はケミカルじゃないからアレだけど。
G ちょっとだけど、他にも日本の歌謡曲が出てくるよね。例えば、杏里の「悲しみがとまらない」のサビのフレーズとか。陽水も杏里も、何の説明もなく歌詞の一節が紛れ込んでるから、人によっては気付かない可能性もある。でも、歌の流行った世代の人なら、誰でも「あ!」って思うはず。
S 「悲しみがとまらない」は替え歌になってたりして、そういう既存の曲の歌詞を改変したり、文脈を変えて使っちゃうセンスにトマス・ピンチョンの『LAヴァイス』的なものを感じた。
G そうだ、ドラッグといえば作中に「シン・ホワイト・デューク」って出てくるじゃない?
S デヴィッド・ボウイね。
G 彼がこの「痩身の白人公爵」ってキャラをやってたのって、確かコカインをキメまくってた頃だもんね。で、小説の中でこのキャラになぞらえられるのが、失踪したCIA諜報員。ここで思い出すのは、やはり小説の中に登場するデヴィッド・リンチのTVドラマ・シリーズ『ツイン・ピークス』の存在。のちに作られた『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』って映画に、失踪するFBI捜査官役でボウイが出演してた。