特集

占領、偽史、ユダヤ──『Orga(ni)sm』読解の糸口として【作品論】<阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

文: 大和田俊之

文學界10月号

『オーガ(ニ)ズム』(阿部和重 著)

 ノーベル賞作家ウィリアム・フォークナーが1955年に長野を訪れた際、日本の若者に向けて発した言葉はよく知られている。フォークナーがその生涯のほとんどを過ごしたミシシッピ州ラファイエット郡を擁するアメリカ南部、それと日本は、ともに「アメリカの軍事力」によって敗北を経験したという。

 

我々の土地も家も征服者によって侵入され、私たちが負けた後も彼らは居残りました。私たちは負けた戦争によって打ちのめされたばかりではありません。征服者は私たちの敗北と降伏の後十年も南部に滞まり、戦争が残した僅かなものまで略奪していきました。(藤平育子訳「日本の若者たちへ」)

 

 敗戦と占領。その後、アメリカ南部で何が起きたのか。憲法修正第13条で奴隷制が廃止され、第14条と15条でそれぞれ元奴隷の公民権、投票権が確保されたにもかかわらず、アメリカ南部では人種の隔離を正当化するさまざまな法律(ジム・クロウ法)が施行された。つまり、南北戦争後のアメリカ南部では、北部の占領によって押し付けられる理想(奴隷制の廃止)を骨抜きにし、南部社会の差別構造を実質的に温存するためのあらゆる方策が練られたのだ。こうしたねじれを解消し、黒人の権利を真に認める公民権法が成立するには南北戦争後、さらに100年を要することになるだろう。

 特筆すべきは、南北戦争後から公民権運動が展開される20世紀半ばまでのアメリカ南部において、理想と現実、建前と本音、嘘と実が入り混じる奇妙な言説空間が形成された点である。ミズーリ州出身のマーク・トウェインがホラ話(hoax)やトールテール(tall tale)を駆使しながら人間の虚栄心や偽善を軽やかな筆致で描き出しただけでなく、19世紀末から20世紀前半にかけて「南部ゴシック」と呼ばれるリアリティーとファンタジーがグロテスクに入り混じるサブジャンルも台頭する。そしていうまでもなく、ウィリアム・フォークナーもそうした環境で小説を発表し続けた作家である。ミシシッピ州の架空の土地ヨクナパトーファ郡を設定し、同一人物再登場の手法を用いて書き続けられた一大サーガは、噂話や陰謀論、都市伝説によって人々の行動が左右される、きわめて「南部的」な作品群である。

 そのフォークナーの意思を正確に受け継ぐ阿部和重は、山形県東根市神町を舞台に年代記を書き続け、『シンセミア』、『ピストルズ』に続く神町サーガの最終作『Orga(ni)sm』を完成させた。この作品において著者は、日米関係そのものを体現する壮大な偽史を書き上げたといえるだろう。

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売
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オーガ(ニ)ズム阿部和重

定価:本体2,400円+税発売日:2019年09月26日


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