特集

「純粋物語」の誘惑【作品論】<阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

文: 斎藤 環

文學界10月号

『オーガ(ニ)ズム』(阿部和重 著)

 スタイルの変遷

 これはまたなんという企みか。阿部和重による「神町(じんまち)サーガ」三部作の掉尾を飾る大長編は、期待を上回る問題作として完結した。奇しくも阿部のパートナーである川上未映子が、長編『夏物語』を発表したばかりというできすぎたタイミングである。決して大げさではなしに、二〇一九年という年は、さまざまな意味で対照的なカップルによる二つの傑作が、日本文学の幅を押し広げた年として文学史に刻まれることになるだろう。

 私は「文學界」二〇一〇年五月号において、当時出版されたばかりの『ピストルズ』をテーマに、阿部和重と対談している。当時、彼は次のように述べていた。

「一作ごとにガラッと全部手法を変えていくというスタイルに、憧れをずっと持ってたところがあります。小説に限らず、たとえばポップミュージックの世界だとか、まあ映画でもそうですけど、そういうふうに作品をつくっている作家やアーティストは結構いるわけですよね」。ここで阿部が挙げる固有名詞は、ゴダールとデヴィッド・ボウイだった。

 神町サーガの一作目『シンセミア』の連載が「アサヒグラフ」で開始されたのが一九九九年。サーガ完結にちょうど二〇年が経過したわけだが、その間も阿部はめまぐるしくスタイルを変遷させてきた。本作の主人公である作家・阿部和重の形容として「テロリズム、インターネット、ロリコンといった現代的トピックを散りばめつつ、物語の形式性を強く意識した作品を多数発表している」作家、という半ばは自嘲的な決り文句(Wikipediaからの引用)が繰り返し登場するが、まさに阿部はスタイルと形式を意識的に変容させてきたのだ。

『シンセミア』において際立つのが、土着性と暴力性を強調したフォークナー=中上健次的スタイルであるとすれば、『ピストルズ』では一転して、少女たちが花とたわむれるファンタジー小説風の文体が採択されている。そして本作『Orga(ni)sm』では、驚くべきことにエンターテインメント小説とみまがうスタイルが採用されているのだ。おそらくここには、本作の連載が開始する直前に発表された長編、伊坂幸太郎との合作『キャプテンサンダーボルト』の影響があるだろう。いやむしろ、『キャプテン~』が、本作のための一種の文体練習として書かれた可能性も勘ぐってみたくなる。

 先述した通り、本作の主人公は作家・阿部和重本人だ。二〇一四年三月三日の夜、彼の自宅をニューズウィークの編集者を名乗るアメリカ人、ラリー・タイテルバウムが訪問する。脇腹に裂傷を負い血まみれのラリーは、阿部に手当を請い、半ばパニックに陥りながらも阿部はかいがいしく彼の世話をするはめになり……というのが、とりあえずの導入部だ。

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売
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オーガ(ニ)ズム阿部和重

定価:本体2,400円+税発売日:2019年09月26日


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