「どうかしましたか?」
そこへいきなり登場したのは、この保育園の園長だった。「園長先生」と、マキ先生が言ったので、つっかけを履いてこちらにやってくるおじさんは、そうか、園長先生なのか、と七未は思った。園長は腕組みをしながらマキ先生の話を聞いた。聞き終わると子供たちに向かって「遊ぶのやめっ」と怒鳴った。
「そこに並べっ」
園庭にいた子供たち全員を、ワニのシーソーの前に整列させた。
園長は、みんなが拾い集めたどんぐりを順番に回収し始めた。手に握っているものだけでなく、ポケットの中に入れてあるのも、すべて出すよう命令した。回収したどんぐりは、お砂場遊びの時に使う小さな赤いバケツに入れた。
「これで全部か」
そう言うと、園長はバケツの中からおもむろに一個つまみ取り、先ほどケンカをしていた二人の男の子のうち、一方に向かって投げつけた。
「痛っ」
と、どんぐりを当てられた子が言った。園長はもう一個どんぐりをつまむと、もう一方の子にも同じように投げつけた。
「痛いっ」
ふえ~ん、ふえ~ん。男の子二人は声を揃えて泣きだした。
「ミルクの気持ちがわかったか!」
園長は言った。ミルクはヤギの名前だ。
「みんなも、わかったか!」
みんなはコクコクと頷(うなず)いた。七未も、頷いた。
「いーや。わかってない」
ゆっくりと左右に首を振り、園長は続けた。「きみたちは、なーんもわかってない。ミルクがどれだけ怖かったか、どれだけ痛かったか。いいか、痛みというものは、自分で体験して初めて理解できるものなのだ」
そしてまたどんぐりを一個つまみ取った。
「ミルクはな、ミルクは……、このぐらい痛かったんだっ」
と、今度は別の子に狙いを定めて投げつけた。どんぐりを当てられたその子は、ふえ~んと泣きだした。
「わかったか」
園長は言い、またバケツの中に手を入れた。
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