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今村夏子「的になった七未(なみ)」芥川賞受賞第一作

今村夏子「的になった七未(なみ)」芥川賞受賞第一作

今村夏子

文學界1月号

出典 : #文學界

「文學界 1月号」(文藝春秋 編)

 保育園は家のすぐ近くにあったのだが、小学校までは歩いて四十分もかかった。七未の実家は青果店を営んでいて、家の人たちはいつも忙しくしていたので、七未は毎朝自分で朝食の用意をした。

 七未が一年生の時に、こんなことがあった。

 その日は土曜日で、授業は午前中で終わりだった。七未は四十分をかけて自宅に帰り、朝、半分残しておいたパンを食べたあと、再び四十分をかけて学校に戻った。校庭の鉄棒で逆上がりの練習をするためだった。小学校の校庭は、日曜と祝日以外なら誰でも自由に利用していいことになっていた。この日七未が到着した時にはすでに数人が校庭で遊んでいた。七未と背格好が同じくらいの、小さな子ばかりだった。人気のブランコやジャングルジムと違い、鉄棒で遊んでいる子は一人もいなかった。七未は早速、練習を始めた。三十分後、少し休憩しようと花壇の脇に腰を下ろした時だった。突然、リンリンリンリンとけたたましいベルの音がした。見ると、自転車にまたがった集団が、校門をくぐってこちらに向かってこようとしていた。彼らは手洗い場の横に自転車を停め、「どけ! チビども!」と、ブランコやジャングルジムで遊んでいた子供たちに向かって大声を張り上げた。「今からおれたちがここを使う!」

 その背格好と口調から六年生だと思われた。自転車で校庭に進入することも、遊具を占領することも、どちらも禁止されている。いつもなら事態に気づいた先生が職員室から飛びだしてくるのだが、この日に限ってはなぜか誰も出てこなかった。

「どけって言ってるんだよ! わかんねえのか!」

文學界 1月号

2020年1月号 / 12月7日発売
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