特集

今村夏子「的になった七未(なみ)」芥川賞受賞第一作

文: 今村夏子

文學界1月号

「文學界 1月号」(文藝春秋 編)

 七未(なみ)が通っていた保育園は、赤くとがった屋根が目印だった。広々とした園庭には、キリンのすべり台やワニのシーソー、ぐるぐる回転する円盤型の遊具に、クヌギやサクラやサルスベリなどの樹木、更にはウサギ小屋にヤギ小屋にニワトリ小屋まであった。五歳の秋、七未はこの園庭でみんなと一緒にどんぐり拾いをして遊んでいた。

 七未のクラスの先生は、子供たちからマキ先生と呼ばれ親しまれている若い女の先生だった。いつも笑顔のマキ先生は、子供たちが拾ったどんぐりを見せにいく度、「わー、すごいね」と言って頭をなでた。七未が何個目かのどんぐりを拾い上げた時、園庭の真ん中で男の子たちがけんかを始めた。マキ先生はすぐに止めに入ったが、けんかは一向に収まらなかった。二人の男の子は口汚く罵り合い、お互いの体にどんぐりを投げ合った。外の騒ぎが気になるのか、ヤギも小屋から顔をのぞかせた。と、その時、一方の投げたどんぐりが、不運にもヤギの顔に命中した。ヤギは、ミッと短く鳴いて小屋の中に引っこんだ。「コラ」と、滅多に怒らないマキ先生が怒った。

文學界 1月号

2020年1月号 / 12月7日発売
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