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安倍政権を倒せるのは、もはやこの男しかいない

安倍政権を倒せるのは、もはやこの男しかいない

常井 健一

中村喜四郎──25年の沈黙を破って伝説の男がついにすべてを語った!


ジャンル : #ノンフィクション

 新潟の敗北から一年あまりが過ぎた二〇一九年八月十七日、中村は埼玉県さいたま市の大宮駅前でマイクを握っていた。八日に告示された埼玉県知事選は新人二人による事実上の一騎打ちとなり、与野党対決の様相を呈していた。

 その選挙戦中盤、中村は野党が推す新人候補の街頭演説会に駆け付けた。立憲民主党代表の枝野幸男、国民民主党代表の玉木雄一郎、当時の県知事である上田清司が並び立つ街宣車の上で、一人、「元建設大臣」という四半世紀も前の肩書きで紹介されたのである。

令和元年8月、埼玉県知事選で野党党首と並んで

「埼玉県の現状を私も勉強して参りました」

 中村は、青いワイシャツの袖を肘のところまでまくり上げた姿で演説を続けた。

「埼玉県内の企業者数は九万三千百人、全国で三番目に数が多いところであります。卸売業者の利益率は全国四番目、人口増加率は四番目、生産人口五番目、人口密度五番目、そしてお医者さんの増加率五番目、財政力五番目。上田県政十六年間にこの実績で、埼玉県の今日を変えたと思います。増えた企業件数は千五十四件、新たな雇用は三十三万八千人増えた。埼玉県民、七百三十三万六千人、全国で五番目。今年の一般会計予算一兆八千六百五十四千万円。そして公務員の数は五万九千三百六十一人、県会の三分の一、じつに五十人が自民党であります」

 土曜日の正午前だった。炎天下にもかかわらず二千人の聴衆が、初めて耳にするバナナの叩き売りのような口上に聞き入った。その動画はネット上にも上がり、政界関係者たちは数十年も表舞台に立つことを避けてきた男の雄弁ぶりに驚いた。

 八月二十五日、中村が応援した野党系の新人候補は薄氷の勝利を収めた。

 中村は、ともに自民党の参院議員を務めた父と母を持つ。日本大学法学部を卒業した後に田中角栄事務所に入り、二十七歳の時に故郷の旧衆院茨城三区から初当選を果たした。その後、一九八七年に自民党田中派が分裂すると「経世会(竹下派)」の結成に参加し、若くして派閥の事務局長に上り詰めた。翌八九年(平成元年)には、四十歳の若さで初入閣(宇野宗佑内閣の科学技術庁長官)。「戦後生まれ初の閣僚」となった。

 同じ派閥の小沢が自民党幹事長だった頃には、選挙対策を担当する党の総務局長を務め、一九九二年には宮沢改造内閣の建設大臣に抜擢される。若くして二度の大臣を経験した中村は、その前後から莫大な公共事業予算を動かす「建設族のプリンス」としても頭角を現していた。平成初期に隆盛を極めた経世会の中では小沢の「次」を担う「将来の総理候補」と目された。

 ところが、一九九四年、ゼネコン汚職事件に絡み、あっせん収賄罪容疑で逮捕され、自民党離党を余儀なくされた。四十四歳で刑事被告人という、重い十字架を背負ったのである。

 並みの政治家であれば、その時点で、死んだも同然だったろう。しかし、中村の場合、そこから新たな伝説が始まった。

 逮捕前、中村は検察による任意の事情聴取を拒否し続けた。自ら検察庁に出頭し、逮捕されてからは完全黙秘を貫き、並み居るエリート検察官たちを相手に供述調書を一通も作らせなかった。百四十日間の勾留中、自分の名前さえも喋らなかったという逸話は、令和の政界においても語り草になっている。
元外務省主任分析官であり、「国策捜査」による逮捕を経験した作家の佐藤優はある対談本の中で、世に溢れる完全黙秘のドラマの大半が「フィクションだ」と喝破している。

「あなたを男前にしてやる」

 そう言って検察側は、世間向けに「あの人は黙秘を貫いた」という情報を流す。これから罪に問われようとしている有力者からすれば、メンツは守れる。その代わり、検事はすべてを語らせる。「完黙」の裏にはそういうカラクリがあるという。

 しかし、中村は、本当に完黙を貫いてしまった。当時、検察を取材した記者によると、ある検察官は「あれは、男の中の男だな」と漏らしたそうだ。百四十日間に及ぶ勾留中の徹底抗戦は、当時を知る者たちが中村を語る際に欠かすことのできないレジェンドと化している。

 また、中村は大の「マスコミ嫌い」としても知られる。

 二〇一九年末現在、中村がマスコミ関係者とのやりとりに応じることは皆無に近い。しかも、一九九四年に逮捕されて以降、国会では一度しか発言していない。永田町を探し回っても、本会議場くらいでしか見られるチャンスはない。周囲からは、まるで「シーラカンス」や「ニホンオオカミ」のような存在に見られている。

(1)趣味、特技──政治
(2)座右の銘──疾風に勁草を知る
(3)血液型──B型
(4)好きな色──黄色
(5)得意なカラオケ曲──特になし
(6)尊敬する人──両親
(7)身長、体重──一七七センチ、七十四キロ
(8)好きな食べ物──何でも
(9)愛読書──(無回答)
(10)長所、短所──(無回答)

 これは、二〇一七年の衆院選時、地元紙の「茨城新聞」に掲載された、候補者アンケートに対する中村の回答である。過去の選挙の時には「尊敬する人」として織田信長や広田弘毅を挙げたこともあるし、長所に「いったん決めたことはどんな困難があろうともやり通す」、短所に「融通が利かない」と書いたこともある。

「中村喜四郎」の名前が新聞に載る機会が、もう一つある。毎年夏に衆議院が公開する現職議員の年間所得等報告書に関連するニュースである。言わば、国会議員の所得番付だ。

 中村が二〇一八年に稼いだ所得は、六千九百九十二万円。衆参両院の六百九十八人のうち、第十位だった。朝日新聞は「ベストテン」をわざわざ表にして、二〇一九年七月九日朝刊の社会面に載せた。さらに地方面(茨城県版)には内訳も公開されていた。

不動産(不動産の賃貸)──千六百一万円
給与(歳費等、関連会社からの報酬)──五千三百九十一万円

 中村は、茨城県坂東市にある岩井自動車学校の代表取締役社長と、埼玉県越谷市にある医療法人秀峰会の専務理事を務めている。

 これらはマスコミで報じられる数少ない「公式発表」による個人情報だが、読んでみても中村喜四郎が何者であるのか、さっぱりつかめない。

単行本
無敗の男
中村喜四郎 全告白
常井健一

定価:2,090円(税込)発売日:2019年12月16日

単行本
小泉純一郎独白
常井健一

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