糸は切れても繋がる。人と人も再び繋がることができる
本作で重要な存在となるのが、盛岡に伝わる伝統工芸ホームスパンである。
明治時代にイギリスから伝わった毛織物で、羊毛をすべて手仕事で染め、紡ぎ、織りあげて作られる。本場のイギリスでも継承が途絶えているなかで、盛岡では「定年後にホームスパンの上着を贈られる風習」があり、男のおしゃれ着として愛されていた。
美緒は、学校や家庭で辛いことがあったときに、祖父母からもらったホームスパンにくるまっていたからこそ、そのあたたかさを知っていた。盛岡で初めて、祖父の工房を見たときに「光を染め、風を織る」布の魅力にとりつかれたのだった。
自分でショールを織ることになった美緒は、祖父からこう聞かれる。
”まずは『自分の色』をひとつ選んでみろ。美緒が好きな色、美緒を表す色。託す願いは何だ?”
「美緒と同じように、ホームスパンに惹かれた私も、糸紡ぎを体験してみました。
羊毛の糸は切れやすいため、やさしくやさしく作業をするのですが、私が不器用なせいもあって、何度も糸を切ってしまうんです。そのときに、指導してくれた先生が『大丈夫よ。切れても繋がるから』と言ってくれたことが印象的でした。
これは人と人との関係に似ているなぁと思ったんです。一度切れてしまっても、右の糸と、左の糸を繋いで、撚りをかければ、また繋がることができる。
たとえ長い年月をへだてていても、繋がろうという意志さえ互いにあれば、心の糸も再び繋がると感じたのです。
ホームスパンは時を越え、世代を超えて、持ち主の身を彩り、ぬくもりを伝える布。
優しく紡がれた糸で織られたホームスパンだからこそ、あたたかく人を包んでくれるのでしょう」
いぶきゆき 三重県生まれ。二〇〇八年『風待ちのひと』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。『四十九日のレシピ』『ミッドナイト・バス』は映画化され、注目を集めた。主な著書に『カンパニー』『なでし子物語』『BAR追分』『彼方の友へ』など。
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