ここに描かれたはじまりから結婚まで、どの部分を切り取っても私の想像のはるか上をいくというか、型破りである。とうぜんながら、結婚からはじまる生活も、大小の波乱に満ちている。小説家は勤めていた会社をリストラされ、収入が激減し、芥川賞候補になり、落選し、強迫神経症を発症する。詩人は小説家をクリニックに連れていき、文学賞を受賞し、国内外を旅し、小説家の直木賞受賞後の騒動にも巻きこまれる。ついの住処への引っ越しがあり、南半球一周旅行があり、小説家の地元文学館での展覧会があり、夫婦でのお遍路がある。なんとせわしない日々。よいことも悪いこともわからなくなるくらいどっと押し寄せているようだ。ひとつのできごとというのは、日常と切り離されたひとつではないのだと思い知る。たとえば大きな文学賞の受賞は、それだけ切り取れば誇らしく晴れがましいできごとだが、それをはらんだ日常は、誇らしく晴れがましいだけではなくてもっと大きくうねり、波状に広がっていく。小説家には小説家の仕事があり時間があり、詩人にもまた詩人の仕事と時間があり、それらは混じり合わない別個のもののはずなのに、この二人の世界では日常のなかでぐるぐると溶け合っていっしょくたになっている印象だ。過ぎゆく年月の、多忙な年、おだやかな年、苦しい年、それはどちらか一方の体験ではなくて二人の世相だ。
小説家の神経症は十四年目に「ほぼ治った」と言われるものの、酒量が増え、あらたな病を得る。全集を出し、もう小説を書こうとはしない。詩人は旅をし、詩を書き、賞を受賞し、そして二人はまた地球一周の船旅を計画する。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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