- 2020.02.20
- インタビュー・対談
【映画化決定!】戦争の英雄が連続銀行強盗犯に 全米で話題の自伝的小説が登場
黒原 敏行 (翻訳家)
『チェリー』(ニコ・ウォーカー)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
バズフィードでウォーカーが語っているPTSDはかなり悲惨なものだ。まずとにかく眠れない。二十一日続けて一睡もできなかったこともあるらしい。目をつぶると無残な死体の像が浮かんでくる。酒や薬物の力を借りてやっと眠ると悪夢を見る。些細なことでキレる。離婚したあとでまたよりを戻した元妻のカラ(小説ではエミリー)に暴力をふるってしまう。
彼はイラクでの十一ヵ月間に二百五十回、基地の外での任務に出動し、ときには一日三回出ることもあった。これは職業軍人でも多いほうだという。そんななかで勲章を七個もらうだけの仕事をし、その代償として精神に深い傷を負った。だからこの小説の主人公をもっとシリアスで悲劇的で二枚目なキャラクターにすることも可能なはずだ。だが、取材記事のなかでウォーカーは、自分は戦争の英雄なんかじゃないと強調している。お前はヒーローだと言われると頭が変になりそうになる、と。この小説の、ときにおちゃらけの度が過ぎると思えるような書きぶりの裏にむしろ作者の誠実さが感じられるのだ。
その書きぶりがじつに魅力的だ。話がどんどん進む。言葉がどんどん走る。リアルな調子の会話がぽんぽん飛び交う。この疾走感は主人公のフットワークの軽さを映していると言えるだろう。もっとも、フットワークが軽いというのは普通はいい意味で言われるが、この場合は軽率な軽さだ。主人公は立ちどまって“俺はこれでいいのか?”などと考えたりはしない。大学がつまらないと、あっさりやめる。軍隊入りを思いつくと、ポンと入ってしまう。“あれがこうなって、これがそうなって、ある日とんでもないことになっていた”。これが、わかるのだ。わかる気がするのだ。そして根は悪い人間ではない主人公なので、放っておけない気分になる。説教の一つもしたくなる。主人公は言う。“俺すっげえいい人じゃん? でもすっげえクズじゃん”。そのとおり。でも、自分で言うな!
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