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【映画化決定!】戦争の英雄が連続銀行強盗犯に 全米で話題の自伝的小説が登場

【映画化決定!】戦争の英雄が連続銀行強盗犯に 全米で話題の自伝的小説が登場

黒原 敏行 (翻訳家)

『チェリー』(ニコ・ウォーカー)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『チェリー』(ニコ・ウォーカー)

 二〇一三年に獄中でバズフィードの取材を受け、先述の記事が出て、それを読んだ出版社の編集者から小説の執筆を勧められた。それからのことは著者の謝辞にあるとおりだ。四年半かけて書きあげた自伝的小説、すなわち本書が二〇一八年に刊行されると、いくつもの書評で高く評価され、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー・リストにも十四位で登場した。

 アメリカの若者が志願兵として危険なイラクにおもむく話と聞くと、“経済的徴兵制”という言葉が頭に浮かぶかもしれない。アメリカは徴兵制をとっていないが、奨学金などで貧困層の若者を誘って兵士を募集しており、貧しさから脱け出すには兵士になるしかないという状況があって、それが事実上の徴兵制になっているというとらえ方だ。ところがこの小説の主人公は(作者自身もそうだが)、経済的に余裕のある家庭に育っている。両親は優しい人たちで、主人公を大学に通わせてくれるから、奨学金目的で兵士になる必要などないのだ。また主人公は愛国心に燃えてイラク行きを決めたようにも見えない。

 どうやら彼は、親が行かせてくれるから大学に行ったものの、べつに勉強したいわけではなく、遊びに熱中するでもなく、毎日がつまらないから大学をやめ、なんとなく(というふうに見える)軍隊に入ってしまったというような若者だ。それが作者のありのままに近いのだろうが、そこがこの小説のすばらしいところだ。この小説は、イラク戦争批判や、薬物が蔓延する社会の告発といった切り口で考えることももちろん可能だし、実際それも重要だろうが、それ以前に、一人の若者の、いわば“このどうしようもないダメな俺”というものを見つめることを本旨としていて、そのおかげでアメリカ以外の国のいろいろな年齢の読者にも訴えかける力を持つに至っているのだ。

単行本
チェリー
ニコ・ウォーカー 黒原敏行

定価:2,145円(税込)発売日:2020年02月20日

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