見事な設定だと唸らされるが、人物造形も秀逸だ。
お咲の年齢は、二十五歳。現代の未だ若い二十五歳とは違い、江戸時代では中年増にあたる。そこそこ経験を積んで自分というものを持っているが、人生の酸いも甘いも知り尽くすには経験の足りない年齢だ。物事にあたって、分別顔の時もあれば、おろおろすることもある。半端で未熟な年齢だが、これがいい。
朝井まかて氏といえば、この世の不条理に飲み込まれそうになりながら、「なにくそ」ときばる人々を描けばぴか一の作家。商人なら商人の、お武家ならお武家の、町人なら町人の、女なら女の、それぞれの受ける制約を越えぬ範疇で(これがなかなか難しい)、朝井氏の産みだした登場人物たちは、見事にきっぱりと意地を見せてくれる。それがなんとも心地よい。
この朝井節を、お咲がまだ成長途上で完成された人間ではないからこそ、読者はじゅうぶんに堪能できるわけだ。
お咲は、一度は望まれて金持ちの家に嫁いだが、親の作った借金のせいで離縁される。美しいが自分勝手で奔放な毒親の佐和は、娘の稼ぎを生活の糧にならぬ自分の身を飾るもので食いつぶし、お咲を疲弊させる。お咲が、「介抱人」になったのは、そもそもがこの母のせいだ。「介抱人」が、「女中奉公の何倍もの稼ぎができる稼業」だからだ。女中奉公の何倍も稼がなければ返しきれぬ母親の借金を、お咲が懸命に返している。抱きしめてくれた記憶のない母の借金を――である。
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