だからこそ、おぶんの言う、「親の介抱に尽くした者ほど、自身は誰の世話にもなりたくないと口にする。これって、どうなんだろう」という言葉に、お咲は思いを寄せ、「じっと考える」のだ。そして、「もっと緩やかな、人を追い詰めない知恵があれば」と願う。
小説を書く上で、「小説の中のリアリティは、現実のリアリティより幅が広い」という言葉がある。現実をそのまま映し出すのではなく、人々の言葉にならない心の奥底の願いを掬い取って織り込むことで、小説はいっそう真実味を帯びて力を放つのだ。
本書の中のお咲の願いは、実現するには気が遠くなるほど難しいはずだ。が、もしかしたらと、読者の中にはふと希望を抱く人もいることだろう。お咲らと共に、どうにか模索したくなるではないか。本作は、そんな魅力に満ちている。
また、「神は細部に宿る」という言葉もある。朝井まかて氏の作品はどれも、設定、描写、小物に至るまで神経が行き届いているが、文体も実に美しい。ことに会話と会話の間や後にくる地の文に、一度注目して読んでみて欲しい。さらに人物の仕草をあらわす表現がどれも絶妙で、私はそこだけ拾い上げて読み直したほどだ。『銀の猫』は、一読目より、再読するたびに面白さを増していく。ぜひ何度となく、試してみて欲しい。