『銀の猫』は、八編からなる連作短編で、それぞれに一癖も二癖もある老人たちが、介護される側として出てくる。
「倅夫婦の心が見えなくなっ」て「波風を立てた」料理茶屋の御隠居。「道楽なんてまるで縁のない、堅い人だった」のに、急にあらゆる道楽に手を出し、派手に散財する女隠居おぶん。心の奥底に黒い靄を貯め込みながら、煩がられているのに娘の世話を焼こうとする母親。人々や父に好まれる人間になるよう、己の本分を隠し、矯正し、武士として模範的に生きてきた数十年を、老いにあっけなく覆されてしまった旗本。身を削って世話をする息子のことが、誰かわからなくなっていく母親。老老介抱の姉妹、等々。
こうして書き出すと、少し重たい物語だと感じるかもしれない。だが、驚くことに、彼らはみな生き生きしている。全員が必死に歩んできた歴史を持ち、きっちりと血が通っているためだ。看取られて逝く者にでさえ、じんわりとした肌の温もりを覚える。
もちろん介護される側だけでなく、する側も、厭うて逃げる者も、だれかにひどい仕打ちをしてしまう者さえ、一筆一筆丁寧に描かれている。登場人物はだれもがままならない心を抱え、自身に翻弄され、身近な者を傷つける。そんな弱さを抱えた者たちに、そっと寄り添う作者の目は、どこまでも温かい。
それにしても、これほど誠実に、真正面から老いや介護の問題を多角的に描いた江戸もの小説があったろうか。介護をする者、される者、その周囲にいる者たちそれぞれの心、「介抱を巡っての苦労、揉め事、気持ちの行き違い」などのあらゆる問題が描かれている。
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