印象深いのは、「おっ母さん、お願いだからいなくなって。あたしの前から消えて」という言葉が、お咲の喉元まで出かかる場面だ。そう願わずにいられぬ切実さの中で生きるお咲の、ぎりぎりまで追い込まれた心の叫びだが、これは毒親を持ったすべての子の代弁でもあるだろう。親と子の問題は、どちらかがいずれかを憎めば済むという単純なものではない。それだけに、ぐっと胸に打ち込まれたこの場面が、本書を読み進み、佐和が登場するたびに、何度も思い起こされた。
お咲と佐和の関係は少しずつ物語の中で変化を見せる。お咲がどうこの母親に心の決着をつけるのか、この物語の凄みの一つである。
一方で、お咲が「介抱人」を続けるのは、決してお金のためだけではない。守り袋に大切に収められた根付にまつわる過去が、お咲を介護に向かわせる。彼女は、本当の思いは口にせず、そっと胸に秘めている。読者は「根付」を本文に見かけるたびに、どこか温かく、また、切ない気持ちにさせられるのだ。
介護を受けざるを得ない人々の、抵抗や諦め、喜びや怒り、やるせなさと不甲斐なさ、そして弱みを晒す覚悟――様々な心とひたむきに向き合い、あるいは、「命の瀬戸際を見守る」うちに「逝く人自身に」教えられ、お咲は一歩ずつ前へ進んで成長していく。
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