- 2020.02.27
- インタビュー・対談
<安部龍太郎インタビュー>戦国時代を知るためには、新たな歴史観が必要だ!
第二文藝部
作家生活30周年記念作品『海の十字架』(安部 龍太郎)
ジャンル :
#歴史・時代小説
作家生活30年を迎えた直木賞作家・安部龍太郎さんが、「その節目にふさわしい一冊になった」と語る短編集が『海の十字架』だ。独自の史観で戦国武将を描いた今作の魅力に迫る。
戦国時代を読み解くキーワードは『銀と鉄砲とキリスト教』
「『信長燃ゆ』を書いたのは2001年でした。そのころから、日本の戦国史観はおかしい、と言い続けてきたんです。
戦国時代を考えるときに、江戸時代に作られた従来の歴史観だけで考えていては、真実は見えてこない。
この頃の世界は、大航海時代真っ盛り。『銀と鉄砲とキリスト教』というキーワードを念頭にいれながら、当時の戦国武将はどう生き抜いたか、という視点が必要なんです」
今作で登場するのは、日本初のキリシタン大名・大村純忠、畿内を支配した三好長慶、若き日の上杉謙信(長尾景虎)などで、織田信長や豊臣秀吉のように天下を取った武将ではない。
いわゆる普通の戦国武将たちが、米作り中心の農本主義から、重商主義へと劇的に変化する「経済状況」に、どう立ち向かっていったのかが描かれている。
「日本版シルバーラッシュ」が、戦国時代の合戦を変えた!
「当時、灰吹法という精錬技術が朝鮮半島から導入され、石見銀山の産出量が激増しました。アメリカのゴールドラッシュならぬ、『日本版シルバーラッシュ』の状況です。
この銀に目を付けたのが、ポルトガルです。
当時のカトリック世界の考えは『キリスト教の布教』『植民地の拡大』『経済的利益』。この三位一体。彼らは、物価の安い極東の日本から銀を買い付けるために、鉄砲を売りつけることにした。その仲介役がイエズス会だったんです。
現在のコピー機の販売とトナーの関係ではないですが、鉄砲を売れば売るほど、火薬と玉も売れる。
火薬の原料となる硝石や、玉の原料となる鉛は、ポルトガルの支配下にある東南アジアから調達できますから、戦国大名が鉄砲を使えば使うほど、ポルトガルの利益は増えていったのです。
ではなぜ伝来したのが種子島だったのか。火薬を作るためには木炭と硝石、硫黄が必要です。ポルトガル人には優良な硫黄を手に入れるルートだけがなかった。そして、薩南諸島北部の硫黄島で、優良な硫黄が産出されることを知ったポルトガル人は、東南アジア、硫黄島の中継地としての種子島に目を付けた。種子島は、いわゆる『鉄砲プラント』の設置場所として最適だったのです」
表題作である第1話「海の十字架」の主人公、大村純忠は、日本初のキリシタン大名となった人物である。元は有馬家からの養子であり、大村家内で自らの基盤を確立する必要があった。
純忠は、ポルトガルの大型帆船「ナウ」を目の当たりにし、「まるで海に浮かぶ要塞だ」と衝撃を受ける。
このときに、西洋文化を拒絶するのではなく、宣教師らと会い、開港をめぐる交渉を進めて、佐賀の龍造寺家に対抗できる力を蓄えていくのだった。
純忠が、洗礼を受ける前夜の葛藤も興味深い。
「『謙信の財源は何だ?』という疑問から生まれた「景虎、佐渡へ」
また6話目の「景虎、佐渡へ」のアイデアは、著者の長年の疑問から生まれたのだという。
「長い間、上杉謙信(長尾景虎)の財源は何だろうと考えてきました。当時の越後は、現代のように米どころではなかったですから。
佐渡島について調べているときに、“あること”を発見したんです。その説を裏付けるために、現地に取材にいったのですが、そこで、佐渡と石見銀山の繋がりを知ることができた。
いわゆる、日本海海運を使った商業の交流です。
上杉謙信は、石見銀山を通じて、博多の豪商・神屋と繋がり、火縄銃を大量に手に入れるルートを得ていたのではないか、と。
軍神とされた上杉謙信は、“商業”的な面でも、革新的だったのです」
著者は、戦国時代は、決して「領土争奪戦」ではなく、流通路、つまり、商業の拠点をめぐる戦いであったのだと見ている。
「江戸時代に儒教史観が刷り込まれたため、名将は人格者だったとされ、人徳の部分だけが語られていることが多いですが、私はそうではないと思います。
当時の合戦において、勝敗を分けたのは、武将の司令官としての能力だけではありません。 織田信長しかり、時代を勝ち抜いた戦国武将らは、水運などの流通を握っていた。経済力に基づく圧倒的な技術力で勝ち上がっていったのです」
作家生活30年を支えた「独自の創作論」
執筆生活、30年目を迎えた筆者に、時代小説を書き続けるための秘策を尋ねると、興味深い答えが返ってきた。
「これまで、この国で語られてきた歴史観、つまり、鎖国史観や、商人と流通に関わる人を差別的にとらえた史観、儒教史観という刷り込みから一歩離れて、世界の歴史の中で、日本という国を考えていくことが大切だと思います。
そのためにも、歴史的教養が必要です。教養とは多くの資料を読み込んで、たくさんの情報を集めていること。これが基本となります。
さらには、歴史と格闘した経験ですね。『教えられた歴史が、そのまま正しい』と思っているようでは、小説は書けません。
もう一つは想像力。この三つがそろったときに、自分なりの解釈、歴史観が生まれてくるのです。
『海の十字架』で描いたのは、大村純忠、宗像氏貞、服部友貞、三好四兄弟、津軽為信、長尾景虎という戦国大名です。
それぞれの地域で生きた武将たちが、時代の変化や流れを、どのように受け止め、乗り切ろうとしていったのか、という部分を楽しんでいただけたら、と思っています。
私がこれから15年、20年と小説を書いていくうえでも、大切な『一里塚』といえる短編集になりました」
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