繁は吐き捨てるように言い、舳先から美しい円を描くように網を打った。言葉だけでなくこちらの習得も早い。己が学び始めてこれくらいの頃は、網を広げて投げることが出来なかった。
「よく言われる。だが海に出ると、遥か彼方の国まで行けるような気がして楽しいのだ。この気持ちわかってくれるか?」
六郎が笑うと、繁は一瞥して鼻を鳴らした。他愛のない会話が出来るまでになったが、なぜ繁が奴隷になったのか、と立ち入った話を聞こうとすると途端に口を閉ざす。躰全体から聞くなという殺気にも似た雰囲気を醸し出すのだ。
「令那はどうだ?」
六郎は網を引きながら尋ねた。倭語を覚えたかという意である。令那も決して愚かなようには見えないのだが、言葉の習得には得手不得手があるのだろう。こちらの話は朧気に理解しているようにも思えるが、繁と異なって令那は倭語で話をしない。そもそもあまり口を開かないで、頷きや身振りで応じることが殆どである。
「いや」
繁は短く答えた。二人は繁の故郷である高麗で出逢い、己よりも半年ほど付き合いが長い。己には話さないものの、繁と二人の時は会話があるのではないかと思ったのだが、そういう訳でもないらしい。
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