前回までのあらすじ
伊予河野家は、かつて源、北条家に次ぐと言われた名門であったが、いまは承久の乱と度重なるお家騒動で一地方の御家人としてかろうじて存続していた。騒動ののち当主になった六郎は、河野家の立て直しに邁進している。そんな折、海の向こうから奴隷商人がやってきた。その中には、はるか西方からやってきた女がいたが、六郎はその女を見るや自分が引き取ることを決める。その女は令那と名付けられ、またその女と一緒に引き取った高麗人は繁と呼ばれるようになった。
そのころ、隣国・元は二度目の日本攻めを画策していた。六郎の血縁で諸国を放浪している一遍は、時折伊予を訪ねては六郎に世の中の動きを伝えていたが、再び日ノ本に危機が迫っていることを感じていた。
蝉の声が絶えると共に、少しずつ山野が色づき始めた。伊予は気候が安定していることもあり、毎年稲の実りは悪く無く、他の国に比べれば飢饉が起こることも珍しい。日々の暮らしが厳しくなると人の心も荒むものだ。伊予人に温厚な者が多いのもこの気候と無関係ではあるまい。
弘安元年(一二七八年)の秋は例年以上の豊作となった。百姓たちは豊穣を祝い、河野家としてもそれは嬉しい。が、手放しでは喜んでいられぬ事情もあった。そもそも河野家には、
――土地が足りていない。
のである。
承久の乱で京方に付いたことで河野家の幕府内での地位は失墜し、本貫地を含めた多くの土地を没収された。それにも拘わらず、大御家人であった河野家には今も累代の郎党が多くいるのだ。
今でも御家人の反乱はあるが、源平が争っていた頃に比べれば稀なことである。その滅多にしか訪れない戦の機会のために、新たに郎党を召し抱えようとする御家人は殆どいない。そのような情勢の中、郎党たちを放り出してしまえば、彼らはすぐさま路頭に迷うことになる。
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