砥上裕將さんのデビュー作『線は、僕を描く』は、「ブランチBOOK大賞2019」に輝いたのに続き、本屋大賞にもノミネートされ、その勢いはとどまるところを知らない。
喪失感を抱えた青年が水墨画を習うことで人間的成長を遂げる。物語は魅力的だが、水墨画の世界を身近に感じる人はそう多くないだろう。ともすれば地味ともいえる題材が、なぜこれほどの共感を集めたのか。その秘密を、自らも水墨画家である砥上さんに訊いてみた。
「こんなに多くの方に読んでいただいてびっくりしています。自分は本業が水墨画家ということもあり、みなさんがそんなに水墨画に興味をお持ちでないということはよくわかっています(笑)。この話も、五本くらい考えた企画の中でも一番自分のやる気が低かったもので、内容説明も二行くらいしか書いていませんでした。ところが、はじめてメフィスト賞に応募した時から担当についてくれた編集者が、このテーマでぜひ書いてほしいと。それで書き上げたのがこのお話です」
主人公の青山霜介は、ひょんなことから水墨画の大家である篠田湖山に出会う。青山はまったくの素人であるにもかかわらず、湖山の孫娘である千瑛と権威ある湖山賞を争うことになる……とストーリーは王道だ。しかし、それだけではない。砥上さんが見据えているのは、湖山賞というゴールの向こう側だ。
「水墨画の本質は賞ではないですからね。僕自身があまり賞に興味がないので(笑)、主人公が賞を目指すという話でありながら、一味違う着地をすることになりました。自分にとって一番重要なのは、描いている瞬間が楽しいかどうかなんですね。それ以上に何を望むというのか、というのが正直な気持ちです」
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