コラム・エッセイ

<エッセイ>歌田年「紙と模型」

歌田 年

別冊文藝春秋 電子版31号

「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

 そんな折、生産管理部資材課に異動となった。寂しかったが、模型漬けの職場から離れてクールダウンができた。四年間勤めたそこは、自社刊行物の印刷用紙の調達を一手に引き受けている部署だった。長年出版界にいたのに初めて知る紙の世界。一見同じような紙でもすべて固有の名前が付いており、重さも密度も厚さも色味も手触りも違う。何より値段が違っていて、それにより印刷の状態がまったく変わった。衝撃だった。これは一般の人はもっと知らないだろう。ぜひ知ってほしいと思った。

 これら二つの衝動に、「小説家になりたい」という中二病のぶり返しが手伝って執筆の原動力となった。「紙」と「模型」はどちらもこれまでほとんど題材になったことはないので、応募作の中で目立つのは間違いないはずだった。かくして狙いは大当り、いい調子で選考を上りつめ、受賞に至ったのである。

 紙四年に対して模型二五年。学生時代を入れたら後者はもっと長い。小説内容の比率の差はそのためだった。とはいえ、もちろん今作の場合は単に自分の書き易さ優先でのこと。紙の世界をもっと知りたい、紙の謎をさらに描けという読者が多ければ、その欲求に応えるのがプロというものだろう。ぜひとも続編に期待して欲しい。しかし油断してはならない。私の模型愛はそう簡単には抑え込めない。隙あらば顔を覗かせようとしているのだ。


うただ・とし 一九六三年、東京都生まれ。小説家・編集者・造形家。明治大学文学部文学科卒業。計二九年の出版社勤務を経て、二〇一五年よりフリーランス。一九年、宝島社の第一八回『このミステリーがすごい!』大賞にて、『模型の家、紙の城』(単行本化に際して『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』に改題)で大賞を受賞。二〇年一月に単行本が刊行された。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日


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