インタビューほか

伊東潤「史実を踏まえた上で、いかに人物の感情をうまく描けるか」

伊東 潤

新連載『夜叉の都』に寄せて

伊東潤「史実を踏まえた上で、いかに人物の感情をうまく描けるか」

「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

『修羅の都』を上梓してから約二年の年月を経て、ようやく続編的位置づけの本作『夜叉の都』の連載を開始することができた。『修羅の都』の執筆前から続編を書くつもりでいたのだが、連載を七つも抱えるほど多忙な日々を送っていたので、その機会がなかなか見つけられなかったのだ。

『修羅の都』では、武家政権の樹立という歴史的大事業を成し遂げた源頼朝の足跡をたどりつつ、女としての幸せを犠牲にしてまで、夫頼朝の作った武家政権を守ろうとする北条政子の前半生を描いた。この作品は、頼朝と政子の視点が交互に登場するデュアル視点を使ったので、まさに夫婦の物語と言ってもいいだろう。

 本作『夜叉の都』では、前作のテーマを継承しつつ視点を政子一人に絞り、女性として、母として、そして政権の中心「尼御台様」としての政子の苦悩と決断を描くことに主眼を置いている。

 本作を書くにあたっても、できる限りの史料や参考文献をあたった。そこで感じたのは「歴史小説の存在意義」だ。

 一大歴史ブームが巻き起こっている昨今だが、前世紀には考えられなかったほど多くの歴史研究本が上梓され、そのどれもが瞠目するほどレベルの高いものになっている。

 これらの研究本は、史料を読みやすくしただけではない。研究家の方々が多くの史料の裏付けを取りながら構築した推論もある。これらは実に的確かつ秀逸なものばかりなのだが、人の感情に深く踏み入っていないのは否めない事実だろう。

 確かに歴史研究に人の感情を忖度する必要はない。何にも増して客観性が要求される分野だからだ。しかし人の感情を抜きにして推論を組み立てるのは、逆に難しい。大義、筋目、地縁、血縁、損得、理屈といった分かりやすい理由だけで、人は動かないからだ。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日


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