- 2020.06.19
- インタビュー・対談
伊東潤「史実を踏まえた上で、いかに人物の感情をうまく描けるか」
伊東 潤
新連載『夜叉の都』に寄せて
出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
そこに感情面を深く掘り下げた歴史小説の存在意義がある。むろん特定人物の心の奥底を記した一次史料は少なく、それが本音でないことも多々ある(公家の日記などは後世の人に読んでもらう前提で書かれている)。それゆえ史料や研究成果をつなぎ合わせながら蓋然性の高い感情を描いていくことが、歴史小説には必要なのだ。
極論すれば、史実を踏まえた上で、いかに上手く感情を描けているかで歴史小説は説得力を持ち、その価値が決まる。歴史に詳しい読者にとって、歴史に詳しくない小説家の書いた小説など「肚に落ちない」のだ。
本作は、北条政子の心の奥に踏み入ろうという試みだ。それは「心の闇」と言ってもよいかもしれない。それをできる限り実際に近いものとして描き出すことで、この時代の空気やメンタリティまでも描いていきたいと思っている。
最後に、ざっと本作の流れについて記しておきたい。なお各章のタイトルは仮なので、後で変更する可能性がある。
第一章「王位を継ぐ者」は頼朝の死の直後、建久十年(一一九九)六月から始まる。そして二代将軍頼家の誕生から梶原景時や比企能員の滅亡を経て、建仁三年(一二〇三)十月、三代将軍の座に実朝が就くまでを描く。
第二章「母として」では、頼家を救おうとして救えない政子の苦悩を経て、元久元年(一二〇四)七月の頼家の死、さらに元久二年(一二〇五)六月の畠山重忠の討ち死に、同年閏七月の牧氏事件による北条時政の失脚までを描く。
第三章「月満ちる日々」では、弟義時と政子の二人三脚の政権に実朝が反発し、後鳥羽上皇との連携によって自らの権力を確立しようとする様を描きつつ、建暦三年(一二一三)五月の和田合戦で、古きよき時代を代表する御家人の和田義盛が滅亡するまでを描く。
第四章「罪多き女」では、実朝と後鳥羽上皇の蜜月の日々から、実朝と義時・政子との対立、そして建保七年(一二一九)一月の実朝の横死までを描く。
第五章「主なき都」では、政子の尼将軍時代から承久三年(一二二一)の承久の乱、そして嘉禄元年(一二二五)の政子の死までを描く。
こうして見ると、鎌倉時代というのは実に殺伐としている。敵や競争相手を斃さなければ、自分と一族が滅ぼされる過酷な時代と言ってもいいだろう。そんな時代を生き抜き、最後には朝敵にされても負けなかった政子は、何を思い、何を望んでいたのだろう。この連載を通して、その心のひだに分け入り、少しでもその内面をのぞき込んでみたいと思っている。