第一章 王位を継ぐ者
一
初めて鎌倉に来た時のことを、政子はよく覚えている。「ここを本拠とする」と頼朝から聞いた時、政子は「本気ですか」と聞き返したものだ。故郷の北伊豆北条郷も辺鄙なところだが、それにも増して鎌倉は寂しい漁村だった。
鎌倉には寺社もわずかしかなく、鶴岡八幡宮はいまだ鶴岡若宮という名の小さな社でしかなく、ほかには荏柄天神社、杉本寺、甘縄神明宮などが人気のない山中に散見される程度だった。
「どうしてこんな寂しい場所に居を定めるのですか」と問う政子に、頼朝は「ここには海がある。海があれば、船でどこにでも行ける」と答えた。
むろんそれだけではなく、鎌倉は源氏ゆかりの地であり、また三方を山に囲まれた要害地形にあったことも、その理由だと後に知った。
二人は由比ガ浜から朝の陽光にきらめく鎌倉の海を眺め、多くの夢を語り合った。頼朝は半ば本気で、「この地をこの国の中心にしてみせる」と言った。政子にとって、この国の中心は京でしかなく、なぜこんな辺鄙な地がこの国の中心になるのか、いっこうに理解できなかった。
首をかしげる政子を見ながら、頼朝は涼やかな笑みを浮かべ、「こういうことは口に出して言わないと、自分でも信じられんからな」と言って笑った。
治承四年(一一八〇)十月、頼朝は三十四歳で、政子は二十四歳だった。
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