コラム・エッセイ

<エッセイ>阿部暁子「車いすテニスプレイヤーと車いすエンジニア」

阿部 暁子

別冊文藝春秋 電子版32号

「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

[お題:X(『パラ・スター』)の余白]

 車いすテニスプレイヤーと競技用車いすは、たとえば剣豪とその力を引き出す名刀のように、分かちがたい関係だ。

「競技用車いす」はパラスポーツに使用される車いすの総称で、テニス用やバスケ用やレース用など多くの種類がある。機動性を上げるために「ハ」の字型に設計されたタイヤをはじめとして、各競技の特性に合わせた精緻極まりない工夫が随所に施されており、競技の数だけ車いすが存在するといっても過言ではないけれど、これ以上語ると規定行数をオーバーするので我慢する。

 車いすテニスの小説を書こう、と思い立った私は二〇一九年三月に開催された車いすテニスの体験会に参加した。車いすテニスにはなくてはならない競技用車いすの実物に触れたかったし、試合描写のためにも自分で車いすテニスをしてみたかった。

 会場で初めて目にしたテニス用車いすは、期待を超えてかっこよかった。車いすというよりはマシンと呼びたい迫力がある。私はあらかじめ車いすテニスの動画を見て予習していたので、この車いすに乗れば自分も選手たちのようにスイスイと動けるんじゃないかと思っていた。なんて自惚れた心構え、と今ふり返ると思う。

 車いすの操作には想像以上の力が要るし、金属製のハンドリムは回していると手のひらが擦れて痛くなる。しかも、利き手にラケットを握るのだ。片手にラケットを握ったままハンドリムを押して車いすを走らせ、かつ飛んできた球を打ち返すのだ。これだけでも信じがたいほど難しいのに、車いすテニスプレイヤーはさらに精密極まるショットを応酬し、高度な駆け引きをくり返して、時には二時間以上にも及ぶ戦いの末に勝敗を決する。今まで動画で見ていたプレイヤーたちが実はどれだけすごいことをやってのけていたのか、自分で体感して初めてわかり、絶句した。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日


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