4月23日に発売になった、村上春樹さんが初めて自らのルーツを綴ったノンフィクション『猫を棄てる 父親について語るとき』。
「文藝春秋digital」で開催中の「#猫を棄てる感想文」のハッシュタグをつけていただいた投稿のなかから注目の感想文を、ご紹介しています。
第十回は、はじめて読んだ村上春樹作品で、「偶然」と「事実」の重なりに思いをはせたという「早花まこ」さんの感想文です。
昔から、そうだった。
映画でも舞台でも、若く見目麗しいスター俳優さんより、親の役を演じるような年配の役者さんに心奪われる。
どんな役も大切なものだが、誰かのお父さんやお母さんを演じるというのは特別な役割を担うものだと思う。
親の役は、その息子あるいは娘の役を表現するという役目と責任を持っている。
舞台の上の親子を観ると、どんな設定であってもお互いを映しあっているように思う。
実際の親子でも、そうだろう。
仲の良い家族もいれば、そうではない家族もいる。
肉親との関係性は人それぞれでも、個人にとって最も縁の深いひとであることは確かだ。
肉親について知ることは、自分自身を知ることでもある。
この本は、村上春樹さんが辿った、お父さんの人生の物語である。
もしも、お父さんご本人が自分の人生を語っていたら。
おそらくここには、全く別の物語が表れていただろう。
実際の出来事としてどちらが正しいか間違っているか、ということはそれほど重要ではないように思える。
どちらも真実の物語だ。
ある夏の日、春樹さんとお父さんは一匹の猫を棄てに行った。
その記憶の結末は、思い出すたびに皆で笑えるような面白いエピソードにもなり得ただろう。
でも、春樹さんとお父さんにとってそうはならなかった。
なんということのない、でも少し謎めいたある日の出来事。
そんな1日が積み重なって、人生の形になる。
春樹さんの人生とお父さんの人生、別々の時間の集積の中で重なり合う1日の記憶がある。
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