- 2020.07.29
- インタビュー・対談
「生きもの」が「食べもの」に変わる瞬間を見つめる――『肉とすっぽん 日本ソウルフード紀行』(平松 洋子)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
「禁忌」だった獣肉食
牛、馬、猪、鹿、鴨、鳩、鯨……。
古来、人々は様々な獣の肉を食べて生きてきた。時に政治や宗教によって「穢れ」「禁忌」とされながらも、日本列島津々浦々、人と獣との間には、長い歴史を通じて培われてきた“親密な”関係性が存在する――。
「人はなぜ肉を食べるのか」
こう問いを掲げた平松さんは、日本全国十か所をめぐり、十種の「肉」と人とのかかわりを徹底取材。本書は、文中の言葉を借りるなら「生きものが食べものに変わる」瞬間を見つめた、前代未聞のルポルタージュなのだ。
「『命が食べものに変わる』と言ったのは、北海道の襟裳岬で短角牛を育てている高橋祐之さん(高橋ファーム)です。夜、炭火をおこして焼肉をご馳走してくれたんですけど、肉に火が通って、ぷくっと焼けて、まさに『食べどき』という瞬間に、ぽつりと出た言葉でした。
高橋さんは、お産で牛の赤ちゃんをとりあげるところから、飼料を工夫し、放牧し、健康に育てあげて出荷するまで、すべてのプロセスに携わっている人です。そういう人でないと口にできない言葉だなと思いました」
私たちは「肉」と聞くと、「焼肉用の特上四百グラム」みたいな店頭の商品をイメージしがちだ。しかし、
「商品としての精肉の向こう側には、当然、生身の生きものがいるし、それをどう育て、どう美味しく食べてもらうかを考えている人々がいる。生きものが生まれて、肉として食べられるまでの、できるだけ全部の過程を見てみたいという気持ちが、この本の取材の原動力になりましたね」
本書を読むと、「生きもの」が「食べもの」になるまでの間に、実に様々な工夫や技術が介在していることに驚かされる。またもや本書の言葉を借りるなら、「うまい肉は『つくられる』」。
「牛や豚をと畜する『芝浦と場』を取材したときのことです。すごい蒸気と湿度のなか、胃と小腸と大腸とが、一本のナイフで瞬時に切り分けられていくのですが、切り方を工夫し、脂をどのくらい残すか、厚みをどうするか、注文に応じて自在に仕上げていく技術は、まるで手品のよう。職員の方は、『仕事は楽しくないと続きません』と話してくれました。漁(すなど)る魚と違って、肉はつくっていくもの。『精肉』という言葉があるように、生きものを『肉』に変えていく技術を、人は昔から磨き続けてきたんです」
知られざる肉食文化だけでなく、日本人の「仕事」の歴史にも光を当てた本書。多数収録されたカラー写真も必見の一冊だ。
ひらまつようこ エッセイスト。岡山県生まれ。『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞。『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞。近著に『すき焼きを浅草で』。