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「生きもの」が「食べもの」に変わる瞬間を見つめる――『肉とすっぽん 日本ソウルフード紀行』(平松 洋子)

「オール讀物」編集部

Book Talk/最新作を語る

「生きもの」が「食べもの」に変わる瞬間を見つめる――『肉とすっぽん 日本ソウルフード紀行』(平松 洋子)

「禁忌」だった獣肉食

『肉とすっぽん』(平松 洋子)

 牛、馬、猪、鹿、鴨、鳩、鯨……。

 古来、人々は様々な獣の肉を食べて生きてきた。時に政治や宗教によって「穢れ」「禁忌」とされながらも、日本列島津々浦々、人と獣との間には、長い歴史を通じて培われてきた“親密な”関係性が存在する――。

「人はなぜ肉を食べるのか」

 こう問いを掲げた平松さんは、日本全国十か所をめぐり、十種の「肉」と人とのかかわりを徹底取材。本書は、文中の言葉を借りるなら「生きものが食べものに変わる」瞬間を見つめた、前代未聞のルポルタージュなのだ。

「『命が食べものに変わる』と言ったのは、北海道の襟裳岬で短角牛を育てている高橋祐之さん(高橋ファーム)です。夜、炭火をおこして焼肉をご馳走してくれたんですけど、肉に火が通って、ぷくっと焼けて、まさに『食べどき』という瞬間に、ぽつりと出た言葉でした。

 高橋さんは、お産で牛の赤ちゃんをとりあげるところから、飼料を工夫し、放牧し、健康に育てあげて出荷するまで、すべてのプロセスに携わっている人です。そういう人でないと口にできない言葉だなと思いました」

 私たちは「肉」と聞くと、「焼肉用の特上四百グラム」みたいな店頭の商品をイメージしがちだ。しかし、

「商品としての精肉の向こう側には、当然、生身の生きものがいるし、それをどう育て、どう美味しく食べてもらうかを考えている人々がいる。生きものが生まれて、肉として食べられるまでの、できるだけ全部の過程を見てみたいという気持ちが、この本の取材の原動力になりましたね」

 本書を読むと、「生きもの」が「食べもの」になるまでの間に、実に様々な工夫や技術が介在していることに驚かされる。またもや本書の言葉を借りるなら、「うまい肉は『つくられる』」。

「牛や豚をと畜する『芝浦と場』を取材したときのことです。すごい蒸気と湿度のなか、胃と小腸と大腸とが、一本のナイフで瞬時に切り分けられていくのですが、切り方を工夫し、脂をどのくらい残すか、厚みをどうするか、注文に応じて自在に仕上げていく技術は、まるで手品のよう。職員の方は、『仕事は楽しくないと続きません』と話してくれました。漁(すなど)る魚と違って、肉はつくっていくもの。『精肉』という言葉があるように、生きものを『肉』に変えていく技術を、人は昔から磨き続けてきたんです」

 知られざる肉食文化だけでなく、日本人の「仕事」の歴史にも光を当てた本書。多数収録されたカラー写真も必見の一冊だ。


(オール讀物8月号より)


ひらまつようこ エッセイスト。岡山県生まれ。『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞。『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞。近著に『すき焼きを浅草で』。

肉とすっぽん平松洋子

定価:本体1,500円+税発売日:2020年07月16日

すき焼きを浅草で平松洋子 画・下田昌克

定価:本体670円+税発売日:2020年05月08日

かきバターを神田で平松洋子 画・下田昌克

定価:本体650円+税発売日:2019年11月07日

食べる私平松洋子

定価:本体780円+税発売日:2019年04月10日

肉まんを新大阪で平松洋子 画・下田昌克

定価:本体640円+税発売日:2018年05月10日

あじフライを有楽町で平松洋子 画・安西水丸

定価:本体680円+税発売日:2017年06月08日

ひさしぶりの海苔弁平松洋子 安西水丸・画

定価:本体690円+税発売日:2016年09月02日

小鳥来る日平松洋子

定価:本体630円+税発売日:2016年03月10日

ステーキを下町で平松洋子 谷口ジロー・画

定価:本体580円+税発売日:2015年08月04日


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