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長浦京「警察嫌いが警察官を、マラソン嫌いがマラソンを書く理由」

長浦京「警察嫌いが警察官を、マラソン嫌いがマラソンを書く理由」

長浦 京

新連載『アキレウスの背中』に寄せて

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「別冊文藝春秋 電子版33号」(文藝春秋 編)

 以前『マーダーズ』という作品のための取材で、多くの元警察官や逮捕・懲役経験者の方々からお話をうかがいました。その中で、逮捕した側・された側の両方が口にしていたのが、「警察は昔のように狡いことをしなくなった」「でも、おかげで昔のように仕事が進まず四苦八苦している」という言葉でした。細かなことまでは書き切れませんが、例えば窃盗で、三十万円の被害届が出ているのに、逮捕して実際盗んだのが五万円だと判明しても、三十万円の窃盗犯のまま検察に送られ、裁判を受ける。双方酔った上での喧嘩なのに、前科のある方だけが逮捕され、一方的に暴行を加えていたことにされ、送検される。警察という役所は、一度自分たちが作成した公文書に、あとから修正や訂正を加えることを極端に嫌い、そのために事実の脚色を平気でする。自分たちのポイント稼ぎのために、かつてAが受けたような歪曲も平然とやる。これらの話を捕まった側だけでなく、元警察官の側もごく普通に認めていたことが印象的でした。

 ただ、こんなことは今ではとてもできないそうです。SNSの普及で違法や不正な取り調べはすぐ拡散する。任意での聴取はすぐに録音・録画される。情報化が進み、警察にとって窮屈な時代になった今の状況に、当の警察官たちはどう苦慮し、対応しようとしているのか?

 これが僕にとっての『アキレウスの背中』の縦の糸です。

 もうひとつ――

「シューズ一つでこんなに記録が伸びるとは!」

 今から四年前の二〇一六年、スポーツシューズ職人の方が出された新書の帯に、有名な大学陸上競技部監督が寄せた推薦の言葉です。

「これからはシューズ選びも監督としての重要な仕事になりそうです」と続いていくのですが、この短い推薦文にも驚きました。リップサービスも混じっているのでしょうが、シューズ選びには、とっくに監督も深く関わっていると思っていたからです。

 事実は違うようで、基本的に選手任せで、しかも自分の足に馴染むというようなフィーリングが大きな選択の基準になっていたようです。

 多くの方がご存じのように、今、マラソン界にはシューズ革命が起きています。

 ナイキの「ズーム ヴェイパーフライ 4%」という、いわゆる厚底シューズを履いた選手が世界記録を更新して以降、世界のマラソン・長距離競技選手たちは、こぞってこのシューズを履き、世界の各スポーツメーカーも厚底の新製品を次々と発表している。

 でも、本当に「革命」と呼べるほど、それまでになかった革新的な発想や技術が投入されたものなのか?

 この疑問が横の糸です。

 そんな縦横二本の糸が織りなす、『アキレウスの背中』。

 マラソンと、マラソンという競技を取り巻く環境の中で起きる事件を追ってゆく警察小説。新型コロナウイルスの影響で東京オリンピック・パラリンピックの開催が危ぶまれる現在ですが、決して単なるスポーツ礼賛や、スポーツの生み出す感動だけを描いた作品にはしません。この物語、よかったら一度読んでみてください。


「アキレウスの背中」の立ち読みはこちら

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版33号(2020年9月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年08月20日

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