森宮さんは、やっぱり素敵だ。実直であっけらかんとしていて、どこまでも愛情深い。梨花さんも、ふわりとした少女のようでありながら、確かな芯が通った魅力的な女性だ。ほかにも愛すべきキャラクターがたくさん出てくるが、わたしはなかでも、優子の高校時代の担任・向井先生が大好きだ。
厳格で冷静沈着な指導。真っ直ぐに生徒たちを見つめる目。そばに寄り添い発せられる言葉。そのすべてが慈愛に満ちていて、心がかすかに灯された気分になる。長い間教壇に立たれていた瀬尾さんが描く教師像は、いつも大きくて深い。
本作の中で、とても好きな言葉がある。
梨花さんが幼い優子に、ニコニコしていたらラッキーなことが訪れるよ、と教えたあとで、こう付け加えるのだ。
「楽しいときは思いっきり、しんどいときもそれなりに笑っておかなきゃ」
初めて読んだとき、優しさと少しの切なさをもって、この言葉はわたしの中に沁み込んできた。今でも、折に触れて思い出しては口角を上げるようにしている。さりげないけれど揺るがない言葉。これからも支えになるであろう大切な言葉。
瀬尾さんの言葉は、おいしいごはんみたいだ。あたたかくて、ホッと甘くて、からだと心に沁み渡る。口当たりが滑らかでいつでも新鮮で、からだが喜ぶ感じがする。軽くてするする入ってきたかと思えば、ガツンと濃くていつまでも後味が残ることもある。そして一度その味を知ってしまったら、必ずまたおかわりしたくなる。
それは、ミシュランとか高級店のフルコースとか、そういう食事とはちょっと違う。例えるなら母の作った卵焼きのような、素朴なおいしさだ。作品を読み終えた後の多幸感は、家族揃って「ごちそうさま」をするときの気持ちとどこか似ている。
そして瀬尾さんが描く実際のごはんも、やっぱり本当においしそうなのだ。本作でも食事がひとつ鍵を握っている。張り切った朝のカツ丼。二日連続の餃子。長文メッセージのオムライス。想いの詰まったごはんたちが、登場人物の心に寄り添い、作品に香りをつける。
おいしい言葉とおいしそうな食事。そしてつながっていく「家族」の愛。隅々まであたたかいこの作品世界は、わたしにとっての理想の幸せでもある。
これから先、人生の大切な節目を迎えるたびに、わたしはこの本を読み返すだろう。恋をするとき。結婚を決めるとき。家族が増えるとき。そしていずれ訪れる旅立ちを見送るとき。
その時々で、この物語は恐らく、違った顔を見せるのだろう。優子の姿が自分にどう映るかで、自分自身の成長を自覚することになるかもしれない。
一方で、どんなに歳を重ねても、わたしの中にはきっと優子が棲み続ける。人はみんな、いつまで経っても、だれかの子どもだから。
この作品と共に生きていくのが、なんだかとても楽しみだ。
そして、今、バトンは渡された。この本を読んだあなたに。ここからどんな道をどんなふうに走って、次は誰にバトンを渡すことになるのだろう。今までもこれからも、このリレーはずっと続いていく。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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