- 2020.09.28
- インタビュー・対談
「“貯金”を崩していけば先細りするしかない」待望の新章スタート! 累計150万部突破「八咫烏シリーズ」の魅力とは
「週刊文春」編集部
著者は語る 『楽園の烏』(阿部 智里)
出典 : #週刊文春
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
累計150万部超の和風ファンタジー「八咫烏(やたがらす)シリーズ」の最新刊『楽園の烏』が発売された。
八咫烏シリーズは、阿部智里さんのデビュー作『烏に単(ひとえ)は似合わない』から続く物語。前作『弥栄(いやさか)の烏』では、山神の荘園として開かれた「山内(やまうち)」で暮らす八咫烏と人喰い猿の熾烈な抗争を壮大なスケールで描いた。
『弥栄の烏』で第一部(全六巻)が完結してから早3年。ついに第二部の幕が上がる。
「本来ならば昨年発売する予定でしたが、納得いくものが書けず、セルフ没にしてしまいました。読者の目を意識し過ぎて、プロットが在るべき姿でなかったからです。試行錯誤するなかで、ふと我に返って原稿を読み返したら、第二部から読み始めた人には全然わからない内容だろうと思いました。第一部で築き上げた“貯金”を取り崩していけば、シリーズは先細りするしかありません。
『楽園の烏』は単なる第一部の延長ではなく、新しいキャラクターによる、新しい物語でもあることを示す必要がありました。そんな風に読んでもらえるのなら3年間、書きあぐねた甲斐があります」
タバコ屋の店主・安原はじめは、失踪した父から山を相続した。すると山の買い取りを希望する胡散臭い業者が続々と彼の元を訪れるようになり、山の秘密を知るという謎の女性まで現れた。彼女の手引きで、はじめが送り込まれたのは、八咫烏と人喰い猿の大戦終結から約20年後の山内。
山内の民は八咫烏の族長「金烏(きんう)」から政治的実権を委ねられた「博陸侯(はくりくこう)」こと雪斎(せっさい)に心酔し、その手腕を賞賛するが――。
「第一部からの読者はキャラクターの変化に愕然とするかもしれませんが、元々こうなる予定で伏線をちりばめてきました。驚く人もいれば、はたまた『やはり』と思う人もいる、そんな塩梅だといいですね」
阿部さんは『烏に単は似合わない』から一貫して、被害者と加害者、敵と味方など相反する立場が容易に入れ替わり得ることを描いてきた。
「誰しも、どんなに物事を色々な視点から考えようと努力しても、一面しか見えていないことが往々にしてありますよね。だから、それまで見えていたのとは違う面が暴かれる衝撃を疑似体験できるような書き方ができたら、小説として面白いのではないかと思って。八咫烏シリーズ全篇を通して書いていきたいテーマのひとつです」
『楽園の烏』と同時期にシリーズ外伝となる短篇集『烏百花 蛍の章』の文庫版も発売された。両方購入すると、スピンオフの新作短篇「かれのおとない」が読める特典が付いてくる。
「この短篇は終戦直後にとある主要キャラが亡き親友の遺族を訪ねる話なのですが、『楽園の烏』の前に読んでも後に読んでも“空白の20年間”をめぐる謎が深まるはず。読者が混乱してくれるのが楽しみです(笑)。2人の関係性について作者があれこれいうのは無粋なので、小説を読んで想像してもらえたら」
2012年に史上最年少で松本清張賞を受賞しデビューした当時、阿部さんは早稲田大学文化構想学部に籍を置く現役の大学生。その後は同大学大学院に進学し、学究生活と文筆業を両立させてきた。
「近々、作家業に専念する予定です。ようやく学生寮を出て、ふつうの住居に引っ越しました(笑)。いよいよ子供の時から思い描いていた専業作家になるので、引き続き、頑張って書いていきたいです」
あべちさと/1991年、群馬県生まれ。2012年、『烏に単は似合わない』で松本清張賞を受賞しデビュー。八咫烏シリーズの既刊には、デビュー作の他、『烏は主を選ばない』『黄金の烏』『空棺の烏』『玉依姫』『弥栄の烏』がある。
こちらの記事が掲載されている週刊文春 2020年9月24日号
2020年9月24日号 / 9月17日発売 / 定価440円(本体400円)
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