- 2020.09.30
- インタビュー・対談
驚きの展開と謎を秘めた短篇集、『一人称単数』の魅力
聞き手:「文藝春秋digital」村井 弦 ,聞き手:「オール讀物」川村 由莉子
村上春樹さんの担当編集者 大川繁樹が語る
村上春樹さんの6年ぶりの短篇集『一人称単数』。音楽、短歌、意外な展開……、多様な魅力と謎を持つ一篇一篇について、村上作品の10年来担当している編集者、文藝出版局・大川繁樹が、村上作品の編集にまつわる意外なエピソードとともに語る。
村井 大川さんは、村上春樹さんの担当をいつ頃から務めていらっしゃるんでしょうか。
大川 2010年からですね。この年の7月に先輩の女性編集者の岡みどりさんが病気を患って急に亡くなりました。56歳でした。その岡さんから引き継ぐ形で担当させていただいています。
村上さんの信用が厚かった敏腕の岡さんから引き継ぐのは並大抵ではありませんでした。岡みどりさんの仕事ぶりはたいへん緻密で、とても厳しい方だったんです。深く尊敬していました。亡くなったあともその岡みどりさんにいつも見守られるようにして、仕事をしてきたような気がしますね。村上さんの本が出るたびに、岡さんのお墓参りに行って、新刊の刊行を報告するようにしているんです。
川村 この『一人称単数』は、担当されてから何冊目でしょうか。
大川 最初はインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』でした。次が短期間でミリオンセラーになった長篇小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。そして、『紀行文集 ラオスにいったい何があるというんですか?』。次が短篇集『女のいない男たち』、翻訳のグレイス・ペイリー『その日の後刻に』と続きますから、これが6冊目ですね。
村井 今回の『一人称単数』は編集されていて、いかがでしたか。
大川 今回はコロナ禍のまっただなかでの編集作業となってしまい、かつてない苦労もありました。でもむしろこの『一人称単数』の編集作業をしていることが、苦しいなかで心の支えになっていました。作品集としてとても魅力的ですからね。
川村 お仕事に向われるときは、たいへん緊張されながら……。
大川 そうですね。いつも最高度の緊張感でゲラに向かい合っているんですけれども、それぞれが本当に面白い作品集なので、ゲラを読んでいるときは、いつもニヤニヤしながら楽しんで仕事をしていましたね。何と言ったらいいんでしょうか……何度読んでも快感とともに解ききれない謎みたいなものが残るんですね。楽しみながら頭を使う、と言いますか。本当に楽しい仕事になりました。
川村 村上春樹さんは、ご自身を「長篇作家である」とご著書の中で書かれていたり「短篇小説は、純粋に個人的な楽しみである」とされているのですが、このあたりはいかがでしょうか。
大川 村上さんの場合には、長篇小説も、数ある短篇小説も、まったく同等に重要だと私は思っています。村上さんは、いわば、ドストエフスキーと芥川龍之介が、一人のなかに同居しているような作家だと思うんですよね。数々の名作をこれまでも書かれていますけども、短篇一作一作が備えている深さ、多様性には、計り知れないものがあると思っています。
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