『蝮の孫』、『信長嫌い』、『もののふの国』など、挑戦的かつ斬新な作品を次々と発表し、現在の歴史時代小説を牽引する天野純希さん。
最新作『乱都』発売に合わせて行ったインタビューを公開します。
今作のテーマは「戦国時代の京都」。
応仁の乱以来、100年間にわたった抗争の舞台を天野さんはいかに描いたのか。
まさに『仁義なき戦い』のような時代
――『乱都』では“戦国時代の初期”、“戦国時代の京都”という、これまで歴史小説ではあまり取り上げられてこなかった時代・場所の人物たちが書かれていますが、なぜこの舞台を選ばれたのでしょうか。
天野 織田信長が出てくる前のひっちゃかめっちゃかな時代が好きなんです。この頃の武将たちはとにかくすぐ裏切る、手段を選ばない、名より実を取る。まさに「仁義なき戦い」です。
――文字通りの下克上の世界だったわけですね。
天野 この時代はとくに顕著だと思います。日本の歴史全体を見ても、こんなに裏切りまくる人たちはいません。もう、いつ殺されるかわからない。「戦国の梟雄」と言われる松永久秀や宇喜多直家も、この時代に生まれていれば悪党としてそこまで目立っていなかった気もします。
――その混乱の時代を“都に棲む魔物に魅入られた男たち”というテーマでまとめた連作短編集が『乱都』ですが、そのコンセプトはどのように思いついたのでしょうか。
天野 はじめは歴代の足利将軍を書いていく方法も考えていたのですが、それだと全然面白くならない。だいたい逃げるか、追い出されるか、せいぜい殺されるくらいなので。じゃあ、将軍にこだわらず、この時代の面白そうな人たちを書いていこうとなったとき、キーポイントになるものとして京都という街が浮かんできました。
――天野さんの中では「都に棲む魔物」はどのようなものだと考えていますか。
天野 言葉にしてしまうと陳腐ですけど「欲望」でしょうか。誰もが京都は守りにくいとわかっているのに、そこに執着して身を滅ぼしてしまう。そういった判断を狂わすあたりが魔物なのだと思います。
名前が変わる武将たちに苦戦
――『乱都』では7人の人物がピックアップされていますが、それらの人たちはどのように選ばれたのでしょうか。
天野 一冊を通して読んだときにこの時代を俯瞰できたり、気になっていた人たち。あとは僕の好みです。
――その中で好みで選ばれたのは?
天野 まず大内義興です。彼はスケールがでかい。この時代に山口から出てきて海外とも貿易して、強い国を作ろうとしました。あとは管領として幕府の実権を握った細川高国ですかね。とにかく、しつこくてしぶとい。『仁義なき戦い』でいう山守組長ですね(笑)。ふたりとも面白いけれども、長編の題材にするのは無理かなあっていう人たちなのでこの機会に書きました。
――実際に書いてみての手応えや、反対に苦労はありましたか?
天野 ある程度、この時代を書くことができたとは思っています。でもやっぱりこの時代はややこしくて、その点はしんどかったです。血縁関係も複雑ですし、同じ人物が何度も名前が変わったりするんです。
――室町幕府内での権力争いが熾烈を極めた時代ならではの苦労ですね。
天野 でも時代背景の説明とエンタテインメントとしての面白さのバランスはうまく取れたかなと思います。史実に引っ張られすぎると、ひたすら説明を続けることになってしまうので、史実は抑えつつ塩梅を考えて書けました。
英雄のいない時代だからこそ面白い
――織田信長や武田信玄といった有名武将を書くのとは違った難しさはありましたか?
天野やっぱり、そういった武将には読む側になんとなくイメージがあるじゃないですか。今回書いた武将の大半はまったく無名なので、そこが難しいと同時に自由にやれるポイントでもありました。この時代の面白さって信長や信玄といった英雄がいないところで、人間くさい人たちがたくさん集まって、泥臭く、権力を奪い合うところにあると思います。そういうところに信長以降の戦国時代とは違う面白さがあるのかなと。
――その中で5章では唯一の庶民として法華宗徒の商人が出てきます。この章はアクセントにもなっていますね。
天野『乱都』は戦国時代の京都の通史のような物語ですので武士以外の視点も入れたいと思いました。あと天文法華一揆(1532年)って、一般的な知名度がほぼゼロじゃないですか。資料もあまり残っていないので、ここでオリジナルの人物を作って庶民の目線で書いたものも入れたいなと。
――作中には幕府の権力の頂点に昇りつめた武将が何人も登場しますが、全員がすぐに身を滅ぼしてしまいます。なぜ彼らは京都を制しても、それ以上の存在にはなれなかったのでしょうか。
天野 足利幕府のくびきというか枠があって、彼らはその中で生きていました。信長のように枠ごとぶっ壊すっていう人たちではなかったんですよね。結局、当時の“天下”とは京都とその周囲を表す言葉だったので、そこで満足していたんじゃないですかね。だから彼らは京都を手にした途端に腑抜けるんです。京都にいる自分が好きなんでしょう(笑)。外から来た信長には明確な目的やビジョンがあったから、京都から微妙に距離を置いてたってこともあるでしょうね。
死の瞬間、人間性がむき出しに
――登場する人物の大半があっけなく死んでしまうのが印象的でした。むしろ死に際こそ天野さんが注力して書いているのではないかとも思いました。
天野 出てくる人たちは大体死んでしまいますしね。やっぱり、死の瞬間が一番その人の人間性がむき出しになると思うんです。その人を書くのなら死に様を書くのが一番わかりやすいし、面白いです。
――京都を離れたふたりは死の瞬間が書かれていませんね。
天野 室町幕府最後の将軍となった足利義昭も、死ぬところで終わらせようかと考えていたんですけど、なんか幸せな最期そうで嫌だったのでやめました(笑)。大団円って話でもないですし。でも、義昭も生き延びてはいるけれど、結局何者でもなくなってしまったので気の毒といえば気の毒ですけど。
――いま戦国時代を扱った歴史小説では今までマイナーとされていた人物を描く作品がどんどん増えているように感じます。天野さんとしては戦国の歴史小説の可能性についてどのようにお考えですか?
天野 興味の赴くままに書いているので、「面白そうだなこれ」とか「この切り口なら」という時代や人物が見つかれば、それを書くかもしれないです。
――最後にこれから読む読者の方へメッセージをお願いします。
天野 この血も涙もない世界を存分に味わっていただけたらと思います。ヤクザ映画好きにはオススメです。