人類、総オンライン化。そこで発生した大災厄を少年たちは乗り越えられるのか? 『すべてが繋がれた世界で』藤田祥平――立ち読み
- 2020.10.20
- ためし読み
おれは流れていく雲を眺めながらつぶやいた。
「めんどくさっ!」
河川敷の草っ原のうえに段ボールを敷いて、寝転がっていたのである。
それ自体は、気分のいい昼寝だった。
「一年かあ」とおれは言い、寝返りをうった。
目前の草の葉のうえに、てんとうむしがのぼっていく。
「あなたとわたしが夢の国」とおれは宣言した。
おれは煙草に火をつけ、その火をてんとうむしに近づけた。
てんとうむしの速度が二倍になった。
「わはははは」
笑ったあと、空しくなり、観念して立ち上がった。
そのとき気づいたが、草のなかにあったおれの足は、虫に食われまくっていた。
おれはもぞもぞしながら車に戻った。
正直に言う。帰りに、有馬温泉につかりたかった。
それで神戸まで車を走らせて、ポートアイランドへの橋を渡った。
同情すべきは国理研の連中だろう。いくら仕事だからって、こんなうら寂しい埋め立て地につめこまれるのはかわいそうだ。京都に移してやりたいところだが、リエフの解体と運搬と組み立てと再起動と動作確認に、まるまる一ヶ月はかかるだろう。そんなに長いこと国家機能を止めてまで得られるのは、職員たちの便宜だけ。となると、移設はやっぱり無理だ。
おれは助手席のおみやげの袋に、いたわりの念をこめて手をのせた。
四方数百メートルを更地に囲まれた国理研の建物は、いつもながら、じつに寒々しい。
駐車場に車をとめて、受付に近づいた。
しばらくすると、職員の女の子がやってきた。
「綿貫さん、こんにちは」と彼女は言った。「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「おう、元気だ。これ、みやげ。みんなで食ってくれ」
おれは金平糖の包みを職員に渡した。
「ありがとうございます。なんだろう、見てもいいですか?」
「もちろん」
「あっ、八尾の金平糖! わたし、これ好きなんですよ。うれしいな」
「おお、それはよかった」
すこし世間話などをした。
「……ふむ、なるほどですねえ。あっ。それで、ご用件は?」と彼女は言った。
「リエフに会いに来た」とおれは答えた。
「はあ……またですか?」ちょっと呆れた声だった。「オンラインですむのに、物好きですねえ。わかりました、メインフレームまでご案内しますね」
彼女はメインフレームが安置されている大部屋までついてきて、パネルに瞳をかざし、扉をあけてくれた。
最終的なセキュリティは、やっぱり固有の人体にかぎるらしい。
それでは、と職員の子は手をふり、去っていった。
おれは手をふりかえし、入室した。
紫色の、直方体の塔のようなメインフレームの列のあいだを進み、部屋のいちばん奥にあるアセンブリに近づく。
潜水艦のようなアセンブリの丸い小窓のなかに、液体窒素が充塡されたシャンデリアが見える。
このシャンデリアのまんなかに埋め込まれた、虹を固めた正方形の宝石が、おれたちの国の、運命を司る神様である。
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