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人類、総オンライン化。そこで発生した大災厄を少年たちは乗り越えられるのか? 『すべてが繋がれた世界で』藤田祥平――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)

文藝春秋・編

くわしく
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「別冊文藝春秋 電子版34号」(文藝春秋 編)

 おれは流れていく雲を眺めながらつぶやいた。

「めんどくさっ!」

 河川敷の草っ原のうえに段ボールを敷いて、寝転がっていたのである。

 それ自体は、気分のいい昼寝だった。

「一年かあ」とおれは言い、寝返りをうった。

 目前の草の葉のうえに、てんとうむしがのぼっていく。

「あなたとわたしが夢の国」とおれは宣言した。

 おれは煙草に火をつけ、その火をてんとうむしに近づけた。

 てんとうむしの速度が二倍になった。

「わはははは」

 笑ったあと、空しくなり、観念して立ち上がった。

 そのとき気づいたが、草のなかにあったおれの足は、虫に食われまくっていた。

 おれはもぞもぞしながら車に戻った。


 正直に言う。帰りに、有馬温泉につかりたかった。

 それで神戸まで車を走らせて、ポートアイランドへの橋を渡った。

 同情すべきは国理研の連中だろう。いくら仕事だからって、こんなうら寂しい埋め立て地につめこまれるのはかわいそうだ。京都に移してやりたいところだが、リエフの解体と運搬と組み立てと再起動と動作確認に、まるまる一ヶ月はかかるだろう。そんなに長いこと国家機能を止めてまで得られるのは、職員たちの便宜だけ。となると、移設はやっぱり無理だ。

 おれは助手席のおみやげの袋に、いたわりの念をこめて手をのせた。

 四方数百メートルを更地に囲まれた国理研の建物は、いつもながら、じつに寒々しい。

 駐車場に車をとめて、受付に近づいた。

 しばらくすると、職員の女の子がやってきた。

「綿貫さん、こんにちは」と彼女は言った。「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「おう、元気だ。これ、みやげ。みんなで食ってくれ」

 おれは金平糖の包みを職員に渡した。

「ありがとうございます。なんだろう、見てもいいですか?」

「もちろん」

「あっ、八尾の金平糖! わたし、これ好きなんですよ。うれしいな」

「おお、それはよかった」

 すこし世間話などをした。

「……ふむ、なるほどですねえ。あっ。それで、ご用件は?」と彼女は言った。

「リエフに会いに来た」とおれは答えた。

「はあ……またですか?」ちょっと呆れた声だった。「オンラインですむのに、物好きですねえ。わかりました、メインフレームまでご案内しますね」


 彼女はメインフレームが安置されている大部屋までついてきて、パネルに瞳をかざし、扉をあけてくれた。

 最終的なセキュリティは、やっぱり固有の人体にかぎるらしい。

 それでは、と職員の子は手をふり、去っていった。

 おれは手をふりかえし、入室した。

 紫色の、直方体の塔のようなメインフレームの列のあいだを進み、部屋のいちばん奥にあるアセンブリに近づく。

 潜水艦のようなアセンブリの丸い小窓のなかに、液体窒素が充塡されたシャンデリアが見える。

 このシャンデリアのまんなかに埋め込まれた、虹を固めた正方形の宝石が、おれたちの国の、運命を司る神様である。

 

 

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年10月20日

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