選考委員から強烈な個性が絶賛され、第十一回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞した蝉谷めぐ実さん。デビュー作『化け者心中』は練り上げられた文体と、魅惑的な登場人物たちに翻弄され、新たなスター作家の誕生に立ち会える喜びを感じられる一作だ。
ときは文政、ところは江戸。主人公は、一時はその妖艶さで一世を風靡したものの、足を失い鬱積を抱える元立女形、魚之助と、魚之助の依頼を受け、彼の足代わりとなる朴訥で優しい鳥屋の青年、藤九郎。二人は新作舞台の稽古中、役者を殺して成り代わった「鬼」の正体を探す地獄めぐりの旅に出ることになる。
蝉谷さんがかぶき者について深く関心を持ち始めたのは、大学生時に江戸時代の歌舞伎について講義を受けたのがきっかけだった。
「調べれば調べるほど、役者という存在の魅力にどっぷりとはまっていきました。才能商売の恐ろしさはいつの時代でも不変ですが、江戸時代はとくに、役者の身分が町人より低かった。私が惹かれたのは、その中でもとりわけ立場の弱かった女形の存在です。彼らの、身体すべてを捧げてでも役者として上りつめたい、美しくありたいというエネルギーに圧倒されました。女形は普段から『女性』としての自分を意識しながら生活をしている人が多く、そうした舞台という非日常に日常が侵食されていくさまに業を感じて、彼らを主人公にした小説を絶対に書きたいと思いました」
しかし、最初は思うように形にならなかったという。一旦諦め、時代物から現代小説まで、さまざまなジャンルの小説を書いては新人賞に応募を続けるという時期を過ごしたのち、再び「一番書きたいことに立ち返ろう」と真正面から女形について取り組むことを決意した。
作中、魚之助は足を失ったことで廃業せざるを得なくなり、完全に社会から疎外される存在になってしまう。魚之助だけではない。役者たちがそれぞれの業に振り回されながらもがき生きる様は痛々しい。才能を持つ者のそれ故の絶望と、一方で、持たざる者の葛藤。己の嫉妬心との壮絶な戦いといったものも、生々しく描きこまれていく。
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