「もともと、どこか欠落感を抱えているひとを掬い上げる小説を書きたいという気持ちが強くありました。役者たちは私の分身でもあります。デビューできずに一人で書き続けていたとき、私もまた、他人の足を引っ張ってでも世に出たいという思いを捨てきれませんでした。自分が抱えている譲れないものを一人一人の役者に託すように、キャラクターを作っていきました。彼らがみせる表現者としての執着、それは、私が今後も忘れたくないと思っている感情でもあります。これからも作家として、自分の汚い感情から目を背けずにいたいんです。ちゃんと嫉妬をし続けられる人間でありたいと思っています」
曲者たちが人間関係の歯車を軋ませ、物語の回転が加速するなか、フラットな視線で彼らの世界を見渡す存在が、藤九郎である。最初は魚之助のことを、自分とは違う世界の人間だとシャットアウトしていた藤九郎が、徐々に彼のことを理解しようと努める姿が胸に迫る。
「美のイデアだった魚之助が、最終的に醜い自分をすべてさらけ出したとき、藤九郎がどう受け止めるのか。そこが一番描きたいところでした。それは、人間同士が憎しみあう汚い世界なんて見たくもないと思っていた藤九郎が、そんな世界の存在を認めていくことでもあった。美しくないものに直面したときに、それをひとは受け入れることができるのか。私自身も答えを模索しながら書きました」
恋愛とも友情とも異なる、二人だけの特別な関係を築き上げていく魚之助と藤九郎。二人の関係の描き方は、極めて現代的な問い、ジェンダーについて見つめる視線も内包している。
形式的な「男女」の狭間を行き来できる存在としての女形とともに、本作の重要なモチーフとなっているのが、「鬼と人間を分かつものは何か」という問答だ。
「人間と鬼との違いが何によって生じるのか、書き進めるうちに私自身もどんどんわからなくなっていきました。むしろ、そこを安易に結論づけたくなくてこの小説を書き進めていったのだと思います。白黒はっきりしない、グレーゾーンにこそ、何か面白いものが潜んでいるような気がして。鬼だけでなく、境界線上に位置するものごとに惹かれます。鬼と人間、綺麗なものと醜いもの、嘘とまこと。その間に生きる人たちの話を、これからも書いていきたいです」
最後に蝉谷さんに、歌舞伎役者の魅力についてあらためて尋ねたところ、「嘘を本当にする仕事だから」との答えだった。『化け者心中』の扉には、〈芝居が本となりて世の中が芝居の真似をするやうになれり〉という一文が記されている。この言葉は、本作でデビューとなった蝉谷さんの作家としての決意表明とも読めるのかもしれない。
せみたに・めぐみ 一九九二年大阪府生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を書く。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。二〇二〇年、『化け者心中』で第十一回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞し、デビュー。同作は二〇二〇年十月三十日に刊行された。
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