本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
意外な方向からサプライズがやってくる。これこそミステリの醍醐味だ。

意外な方向からサプライズがやってくる。これこそミステリの醍醐味だ。

文:細谷 正充 (文芸評論家)

『ガラスの城壁』(神永 学)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『ガラスの城壁』(神永 学)

 待て!!

 しかして

 期待せよ!!

 

 これは、アレクサンドル・デュマの大長篇『モンテ・クリスト伯』を締めくくる言葉である。無実の罪で投獄された男の、波乱に富んだ復讐譚は、日本では『巌窟王』のタイトルでよく知られている。神永学の単行本の巻末には、オフィシャルサイトやツイッターのアドレスが掲載されているが、そこにこの言葉も載せられているのである。次の作品への期待を高めるのが目的だろうが、それだけでチョイスされた言葉なのだろうか。きっと、『モンテ・クリスト伯』のように、とことん楽しめるエンターテインメント・ノベルを提供するという、自信が込められているのだろう。

 とはいえデュマが十九世紀の作家だったのに対して、神永学は二十一世紀の作家だ。多数のシリーズを持つ作者は、好んでミステリーを物語のフォーマットとして使用。だがそこに、オカルトやSFの要素を、当たり前のように投入してくる。面白くするためにはジャンルの枠を、軽々と飛び越える。ここに現代のエンターテインメント・ノベル作家のスタイルがあるのだ。しかし、それだけが作者の現代性を示しているわけではない。オカルトやSFの要素のないミステリーである本書を読めば、それがよく分かってもらえるだろう。

 本書『ガラスの城壁』は、二〇一九年六月に文藝春秋から刊行された、書き下ろし長篇だ。物語の主人公は、中学二年生の悠馬。父親が、インターネット詐欺の容疑で逮捕されたことから、学校でいじめられている。父親は誤認逮捕ということで釈放されたが鬱になり、休職中に駅のホームから転落して死亡。それが明らかになっても、同じクラスのマサユキたちが、執拗にいじめを繰り返す。事なかれ主義の担任は、見て見ぬふりだ。精神的に追い詰められている母親を心配させるわけにもいかず、何もいわないまま、悠馬は学校に通っていた。

 しかし、暁斗という転校生がきたことで、悠馬の日常は変わる。流行しているオンラインRPG〈キャッスル〉が縁で、暁斗と仲良くなった悠馬。やがて悠馬の事情を知った暁斗は、父親の事件の真犯人を捕まえようという。これに頷き、パソコンを使って調査を始めた悠馬だが、周囲に謎の男たちが現れるようになった。そして事態は、思いもかけない方向に転がっていく。

 この悠馬と暁斗の他に、本書にはふたりの重要な登場人物がいる。ある件で仕事を休職し、カウンセラーにかかっている陣内という男。そして悠馬のクラスメイトで、やはり何かを抱えている涼音だ。彼らの過去に何があったのか。悠馬の一件と、どうかかわってくるのか。そこが本書のひとつの読みどころになっているので、詳しく書くのは控えよう。ただ、こんなふうにかかわってくるのかと、驚いたといっておく。

文春文庫
ガラスの城壁
神永学

定価:792円(税込)発売日:2021年03月09日

プレゼント
  • 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/12/17~2024/12/24
    賞品 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る