- 2021.03.09
- 書評
意外な方向からサプライズがやってくる。これこそミステリの醍醐味だ。
文:細谷 正充 (文芸評論家)
『ガラスの城壁』(神永 学)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
待て!!
しかして
期待せよ!!
これは、アレクサンドル・デュマの大長篇『モンテ・クリスト伯』を締めくくる言葉である。無実の罪で投獄された男の、波乱に富んだ復讐譚は、日本では『巌窟王』のタイトルでよく知られている。神永学の単行本の巻末には、オフィシャルサイトやツイッターのアドレスが掲載されているが、そこにこの言葉も載せられているのである。次の作品への期待を高めるのが目的だろうが、それだけでチョイスされた言葉なのだろうか。きっと、『モンテ・クリスト伯』のように、とことん楽しめるエンターテインメント・ノベルを提供するという、自信が込められているのだろう。
とはいえデュマが十九世紀の作家だったのに対して、神永学は二十一世紀の作家だ。多数のシリーズを持つ作者は、好んでミステリーを物語のフォーマットとして使用。だがそこに、オカルトやSFの要素を、当たり前のように投入してくる。面白くするためにはジャンルの枠を、軽々と飛び越える。ここに現代のエンターテインメント・ノベル作家のスタイルがあるのだ。しかし、それだけが作者の現代性を示しているわけではない。オカルトやSFの要素のないミステリーである本書を読めば、それがよく分かってもらえるだろう。
本書『ガラスの城壁』は、二〇一九年六月に文藝春秋から刊行された、書き下ろし長篇だ。物語の主人公は、中学二年生の悠馬。父親が、インターネット詐欺の容疑で逮捕されたことから、学校でいじめられている。父親は誤認逮捕ということで釈放されたが鬱になり、休職中に駅のホームから転落して死亡。それが明らかになっても、同じクラスのマサユキたちが、執拗にいじめを繰り返す。事なかれ主義の担任は、見て見ぬふりだ。精神的に追い詰められている母親を心配させるわけにもいかず、何もいわないまま、悠馬は学校に通っていた。
しかし、暁斗という転校生がきたことで、悠馬の日常は変わる。流行しているオンラインRPG〈キャッスル〉が縁で、暁斗と仲良くなった悠馬。やがて悠馬の事情を知った暁斗は、父親の事件の真犯人を捕まえようという。これに頷き、パソコンを使って調査を始めた悠馬だが、周囲に謎の男たちが現れるようになった。そして事態は、思いもかけない方向に転がっていく。
この悠馬と暁斗の他に、本書にはふたりの重要な登場人物がいる。ある件で仕事を休職し、カウンセラーにかかっている陣内という男。そして悠馬のクラスメイトで、やはり何かを抱えている涼音だ。彼らの過去に何があったのか。悠馬の一件と、どうかかわってくるのか。そこが本書のひとつの読みどころになっているので、詳しく書くのは控えよう。ただ、こんなふうにかかわってくるのかと、驚いたといっておく。
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