- 2021.03.09
- 書評
意外な方向からサプライズがやってくる。これこそミステリの醍醐味だ。
文:細谷 正充 (文芸評論家)
『ガラスの城壁』(神永 学)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
しかし本書の最大の驚きは別にある。あることで、単に事件の真相を追うだけでなく、必死の行動をすることになる悠馬。次はどうなるのだと興味を惹かれてページを捲っていると、意外な方向から最大のサプライズがやってくる。ああ、なんとなく引っ掛かる部分はあったのだが、ストーリーの面白さに没頭し、気がつくことができなかった。悔しいけど嬉しい。これこそミステリーの醍醐味である。
さらに〈キャッスル〉の扱いにも注目したい。理不尽ないじめにあう悠馬は、現実逃避のように、自分の置かれた状況をゲームに準(なぞら)える。きわめて現代的な少年の心の在り方だ。彼をいじめるマサユキだけが、ゲームのキャラクターのようにカタカナ表記されるのも、そこに理由があるのだろう。主人公のキャラクターを表現するガジェットとして〈キャッスル〉が、巧みに機能しているのである。
だが、読み進めると、それだけではないことが明らかになる。これまた詳しく書けないが、そういう狙いがあったのかと感心した。とにかく、考え抜かれたミステリーなのである。
さらに登場人物の魅力も見逃せない。いつもビクビクして、何かあればすぐに謝ってしまう悠馬。しかし一連の騒動の中で、彼が持っている芯の強さが、しだいに見えてくる。また、陣内や涼音の抱える事情が分かると、ふたりのキャラクターも深まっていく。三人の内面が響き合い、それぞれに前を向くようになるのである。作中で陣内が、
「人は、どんな苦境にあろうと、寄り添ってくれる人がいれば、生きていくことができるものだ」
と思う場面があるが、これは他のふたりにもいえること。悠馬と暁斗の関係を始め、作者はさまざまな“寄り添い”の形を描き出しながら、大切なことを読者に伝えてくれるのだ。
最後に本書のタイトルに注目したい。『ガラスの城壁』とは、何を意味しているのか。作中に、
「もし、そうしたソフトが開発されれば、ファイヤーウォールなんて何の意味もなくなり、ガラスで造った城壁に等しい」
という一文がある。だがタイトルの“ガラスの城壁”は、コンピューターのセキュリティではなく、主人公たちを取り巻く状況といった方がいいだろう。四方を城壁で囲まれたような、息苦しい日常をおくっていた悠馬。しかし、ぶつかっていった城壁は、絶対に壊れない堅牢なものではなかった。もちろん、ぶつかれば痛いし、傷もつく。だけど壊すことは可能なのだ。そのような、人の力で壊せる状況を、作者はタイトルに託したのだと思えてならない。
現代の日本は、新型コロナウイルスの影響もあり、息苦しい状況が続いている。毎日を過ごすのが精いっぱいで、未来に希望の持てない人も多いだろう。それでも自分からぶつからないと、四方を囲む城壁が、ガラスでできているかどうか分からない。今の場所から、抜け出すことができない。だから動こう。本書を読んだ人ならば、その勇気をすでに持っているはずだ。
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