江戸の人気絵師の生涯を描いた『若冲』、奈良時代の天然痘のパンデミックを扱った『火定』、そして2020年刊行の『駆け入りの寺』では舟橋聖一文学賞を受賞。次々に話題の歴史時代小説を上梓してきた澤田瞳子さんが、次のテーマとして挑むのは江戸時代に中国から日本へ渡り、さまざまな文化に影響を与えた禅僧・隠元隆琦である。
「中国福建省の黄檗山萬福寺の住職として名を馳せていた隠元は、長崎の興福寺の住職らの度重なる熱心な招聘によって、63歳という高齢で日本へと渡ってきました。一緒に長崎へとやってきた仏師や絵師たち、さらに迎えた日本側の人々の立場や思惑も非常に面白く、その功績のひとつとしてインゲン豆を運んできたことでも有名です。日本における煎茶道の開祖ともされ、能書家としても知られていますが、建築、音楽、文学、印刷、普茶料理など他にも様々な文化で日本に影響を与えました。
ただ、それらはごく自然に私たち日本人に馴染んでしまったためか、あるいは鑑真のように6度目でようやく日本への渡海が叶ったという劇的なエピソードがないからか、あまり一般には知られてはいません。我々の生活と密接な部分がどのような過程を経て根付いたのか、また当時の権力者である後水尾法皇、さらに4代将軍徳川家綱公と面会し、京都宇治に黄檗山萬福寺を創建するにいたったのか、そしてなぜ日本に骨を埋めることになったのか……隠元とそれを取り巻く人々を通じて描いてみたいと思いました」
10月には執筆にあたって、長崎歴史文化博物館で開催された「あれもこれも黄檗!?展」を訪問。実は本作のための長崎取材は2月に続いて今年2回目で、長崎市内の興福寺 、福済寺 、崇福寺といった唐寺などを訪ね、「当時の地形を思い起こすため」市中を徒歩でくまなく巡った。
「学生時代から長崎へは10回ほど訪れていると思いますが、いつか住みたいと思うほど大好きな場所ですね。ただし、私自身はずっと平地の京都で育ったので、長崎市中の高低差には、今回歩いてみて改めて驚きました。ふだん京都にいる時はどこへ行くのも自転車ですが、長崎では滅多に自転車を漕いでいる人を見かけないのも納得です(笑)。調べれば調べるほど、隠元以外にも書きたいことを発見してしまって、嬉しい悲鳴を上げているところですが、それは江戸時代に唯一の海外に開かれた場所で、中国との関係も含めた、沢山の重層的な歴史があるから……今回の隠元禅師についての小説執筆にあたっては、そのあたりの面白さも伝えられるように書いていきたいと思っています」
本作は隠元禅師の来日した1654年からはじまる連作形式となり、長崎を舞台にした第1話「わらわ鬼」は「オール讀物」2020年12月号に掲載。来年以降も「オール讀物」に随時掲載の予定で、日中国交正常化50周年となる2022年に単行本刊行を目指す。
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