- 2020.12.11
- インタビュー・対談
<諸田玲子インタビュー>浮世絵と向き合ったときに、作家として書きたい物語が浮かんできた。
第二文藝部
『しのぶ恋 浮世七景』(諸田 玲子)
ジャンル :
#小説
写楽に想を得て、私たちが忘れている「大切なもの」を思い出した。
写楽の「二世市川高麗蔵の亀屋忠兵衛と中山富三郎の梅川」に想を得た「梅川忠兵衛」も印象的な一作だ。
島原遊郭で生きる小梅は、近松門左衛門が書いた浄瑠璃に登場する悲劇の遊女・梅川に憧れていた。飛脚問屋の養子忠兵衛が、遊女・梅川と恋に落ち、手に手を取って逃げてゆく……。
「うちも誰かに惚れられて、梅川みたいになりたい」と思った小梅は、道行の相手を見定めようとするが……。
「この絵を見ていると、浮世絵師の情熱、被写体として描かれた男と女のドラマが伝わってきて、そこに作家としての自分の想いが重なって、ストーリーが浮かんできました。心中ものは、ほかの絵師が描くと、しっとりしたテイストになるのですが、写楽の作品には、江戸に生きる人の明るさ、したたかさを感じます。この絵の遊女はきっと天真爛漫で、心中相手を一途に探すんだけれども、どうもうまくいかない。ばかばかしくて、どうしようもない人生だとしても、私たちが忘れている大切なものを思い出させてくれるんです」
鈴木春信、広重ら絵から「人の心模様」を描きたいと実感した。
本作のカバーを飾る鈴木春信「縁先物語」から生まれた一篇は、かつては紅顔の美少年だった男が、老いを迎えたときに、過去への扉をあけてしまう物語だ。
少年は、縁先でたたずむ少女と乳母と出会う。二人の美しさに魅入られた少年は、若さゆえの愚かさから、ある行動を起こしてしまう。
「美しさと淫靡さを兼ね備えたこの絵を見た時になぜか、恐ろしい、と感じて、ミステリー的な作品になりました。二人の女性と少年が縁先で過ごした時間はとても甘美ではかないものです。彼らの純粋さがはらんでいる怖さを描きました」
新たな取り組みを終えた今、著者はこう感じているという。
「かれこれ25年近く小説を書いてきましたが、時間を重ねる中で、いろんな失敗をして後悔を積み重ねてきました。あの時、もう一つの道に進んだらどうなっていたのか、という悔いは、広重の『目黒太鼓橋夕日の岡』から書いた『太鼓橋雪景色』に込めることができました。
浮世絵と向き合って分かったのは、私が作家として書きたいのは、人の心模様だということです。心の奥深くにひっそりと抱えている“しのぶ恋”なんです。この一冊は、経験を積み重ねた今だからこそ書けた物語だと思っています」